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清水雅彦先生講演:秘密保護法と憲法(文字起こし)


概要

2013年11月19日
主催:ビジョン21
会場:横浜市青葉区区民活動支援センター

文字おこし

司会:皆さま、今日は遠方からお越しくださいましてありがとうございました。

それでは早速、「特定秘密保護法と憲法」の講演をはじめることにいたします。

講師は清水雅彦先生です。現在、日本体育大学の准教授でいらっしゃいまして、ご専門は憲法学です。ご著書は『平和への権利を世界に』『クローズアップ憲法』など多数あります。詳しくはお手元のチラシにプロフィール、本のご紹介もありますので、どうぞご覧ください。

また最近では、10月25日に毎日新聞紙上で、自民党の町村信孝議員と、国家の安全のために特定秘密保護法は必要と主張している町村議員に対して、現行法で十分対応可能だと清水先生が反論していらっしゃいます。よろしくお願いいたします。見開きのページのコピーをお配りしてありますので、後でゆっくりご覧くだされば幸いです。

司会は島が担当させていただきます。

それでは先生、どうぞよろしくお願いいたします。

清水:皆さん、こんにちは。清水と申します。いまご紹介いただきましたけれども、日体大で憲法を教えています。ご存知かもしれませんが、体育大学の場合は教員になる学生がおり、教職課程には必ず憲法がありますので、それで私もいま日体大で教えています。研究室は世田谷にあるんですけれども、私自身はこどもの国の近くの横浜・健志台キャンパスで授業をしていまして、いま住んでいるのも長津田駅の近くですので、こうした形で地域の方に呼んでいただけるのはすごく嬉しく思っています。

この間、秘密保護法の問題についてずっと取り組んでいまして、中身については後でじっくりやりますけれども、多少違和感を感じるのは、最初なかなか運動が盛り上がらなかったんですね。私自身はこのテーマで講演をやるのは2012年の1月が初めてでした。5月に論文を書きまして、そのあと「ストップ秘密保護法 共同行動」という取り組みをしてきました。たとえば院内集会とか、銀座マリオン前での街頭宣伝とか、あと今年はこういう分かりやすいリーフレットを10万部以上作って、街頭で配って、秘密保護法の問題について訴えたりしてきました。2012年、あるいは今年になって法案が出るまでは、弁護士とジャーナリストと一部研究者と市民だけが反対の声をあげているという状況でした。法案が出てやっと運動が急速に広まってきています。

最初に課題を言うと、日本でどんな問題でも法案が出てこないと運動が盛り上がらない。今回の秘密保護法もそうです。だからいまこれだけ運動が盛り上がってきて良かったんですけれども、やはりもっと早くから盛り上がっていれば、法案さえ出せなかったのではないかと思っているので、そう言う意味では残念です。ただこういう形で盛り上がってきて、大変希望が持てます。臨時国会は会期が短いですから、安倍政権は短期間でなんとか制定しようとしていますので、ぜひ今後皆さんも声をあげていただければと思っています。

受付にも置いてありますけれども、今日のテーマとは違うんですけれども、昨年出された自民党の改憲案を批判する本『憲法を変えて<戦争のボタン>を押しますか?』(高文研)を書きまして、今年8月に出版されました。税込1260円ですが、著者割引で1000円で販売していますので、自民党改憲案についてもご関心のある方はぜひ読んでいただければと思います。

それではレジュメにしたがって、また適宜資料を見ながら話をしたいと思います。

「はじめに」のところに書いたことですけれども、ご覧になった方もおられるかもしれませんが、1978年にテレビ朝日で、澤地久枝さん原作の『密約』というテレビ映画を作ったんですね。これは例の西山記者事件を描いたテレビ映画なんです。若い方は当然見られていないと思うんですが、私自身は1980年代にマスコミ文化情報労組会議という、マスコミの人たちの組合の事務所でこのビデオを見ました。多くの人はこれは見てないかもしれませんけれども、次に書いた『運命の人』はけっこう見られているのではないかと思います。昨年の1月から3月までTBSで放映されていたドラマです。西山事件というものがどういうものであったのか、よくわかるドラマだと思います。私自身は『運命の人』のドラマを見て発見だったのは、読売のナベツネってじつはいいヤツだったんだな、ということです。昔は彼もジャーナリストとして、西山さんをかばったんだな、ということが学べました。

このドラマを見ると、西山記者事件の問題点がよく分かると思います。要するに西山事件というのは、国民の税金を使って、本来アメリカが負担すべき費用を日本に肩代わりさせるという秘密協定をこっそり結んだんですね。本来であれば国民の税金を使うわけですから、国会で議論して決めなきゃいけないのに、それをしなかった。それを毎日新聞の西山さんが暴く、という出来事だったわけです。それに対して政府は、だれが漏らしたのか、という犯人探しをやって、外務省の女性事務官と西山さんが捕まってしまう。一審判決では西山さんは無罪だったんですけれども、高裁、最高裁で西山さんも有罪になってしまう。そういう事件だったわけです。しかしご存知のように、その後情報公開によって、2000年代に入って、アメリカが密約の存在を認めます。さらに、この協定に関わった吉野文六さんという元外務官僚が、これは私がサインしたものですよ、とはっきりと密約を認めたのに、自民党政権はこんな密約はないといまだに言っている。アメリカも認めたし、当事者も認めているのに、いまだに自民党政権はこの密約を否定する。そういういわば嘘つき政権に、あらたにいろんな秘密を認めてしまうというのが、今回の秘密保護法であって、そういう誠意ある対応をとらないような政府に、いろんなものを秘密にする法律をやはり作らせるべきではない、と思っています。

西山記者事件を見ていただければ、今回の法案の問題の一端はわかるのではないかと思います。

次に書いた個人的な思いというのは、私は1980年代に大学生で、当時明治大学の雄弁部というところに所属していました。ちょうどその時が中曽根政権で、国家秘密法案という、今回の秘密保護法案に似たような法案を出したわけです。もしこれが通ってしまったら、雄弁部ですから、自由な言論活動ができなくなってしまうと考えて、それで当時、街頭遊説活動なんかをしていました。今日の配布資料の右上にAと書いてあるのがそれです。左側のDとあるのが、雄弁部の新入生勧誘のパンフレットの1ページめと3ページめを縮小コピーしたものです。この3ページめに活動報告が載っていて、いちばん下の段に1987年2月に街頭遊説をやっている時の写真が載っています。真ん中でマイクをにぎっているのが菅直人さん。当時は社民連の国会議員で、非常に市民派の方ですから、私たち学生の取り組みにも応援に駆けつけてくれました。

その右側のBとあるのが、街頭遊説の日程を書いたチラシです。新宿とか渋谷などの主要な駅前で、国家秘密法反対の街頭遊説をやっていました。同じものを当時の朝日ジャーナルに意見広告として出しました。その下にあるCの千代田区の集会。明治大学駿河台キャンパスは千代田区内にありますので、千代田の人たちとも一緒に取り組みをしました。集会の呼びかけ人がいちばん下に載っていまして、私の名前と、明治大学雄弁部有志とあります。こういう形で当時、国家秘密法案に反対する取り組みをしていました。

ちなみにその左のEが1987年5月3日に朝日新聞阪神支局が銃撃される事件がありました。これでメディアが萎縮しては困るので、在京のテレビ・新聞本社のまわりで「メディアがんばれ」という宣伝活動を行いました。この時は明大雄弁部有志だけじゃなくて、早稲田大学雄弁会有志と、国家秘密法に反対する市民ネットワークという市民団体、この3者でやりました。道行く人にこのハガキにメッセージを書いて送ってほしい、という取り組みをしました。

そういう形で1980年代、若い頃に国家秘密法案に反対する取り組みをしていたので、今回また秘密保護法が出てきて、どうしてもこの法案は通してはいけないという観点から、昨年から原稿を書いたり講演をしたり、いろんな運動に関わってきました。

レジュメにもどります。漢数字で「一」のところです。

まず最初に簡単に憲法の問題を見ていきたいと思います。日本国憲法の表現の自由は、21条に規定されています。表現の自由でもともと大事だったのは、レジュメの1の@にある「話す・書く自由」なんですね。戦前に言論弾圧があったので、話したり書くという能動的な表現の自由が大事だと戦後考えたわけです。しかし、話したり書くためには、知らないと、話したり書くことはできません。そこで単に能動的な表現の自由だけじゃなくて、聞く・見る・読む自由も大事だというふうに近年では考えられるようになってきました。

レジュメ1のAです。日本国憲法21条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」という規定の仕方になっていますので、当然表現の自由が憲法上大事なんですけれども、これ以外に、21条の条文にははっきり書いていないけれども、レジュメに書きました報道の自由、取材の自由、知る権利が憲法上保障されると、学界でも裁判所でも考えています。

表現の一環としてやはりメディアが知らせる行為、報道の自由も保障しなければならないし、報道するからには取材しなければならない。これが妨害されては報道できませんから、取材の自由も憲法上保障される。さらに国民の表現の自由との関係で言うと、表現するからには知らないといけませんから、知る権利も保障される。これらは21条には書いていませんけれども、学界でも裁判所でも憲法上保障されるという考え方が確立しています。

報道の自由も、メディアが好き勝手なことを報道する自由ではなくて、国民の知る権利に答えたものだというふうにとらえる必要があるわけです。

これに対してレジュメ一の2ですが、自民党の憲法改正草案はどういう発想があるのか。詳しくは先ほど紹介した本を読んでいただければと思うんですが、9条の2項を変えて、個別的自衛権だけじゃなくて集団的自衛権も行使しようとしているだけじゃなく、新たに9条の2という、国防軍を設置する規定を加えて、自衛隊を国防軍に変えようとしているわけです。この9条の2の中で、国防軍の機密の保持に関する事項は法律で定めると。要するに秘密保護法制を制定すべきだという規定が入っている。

そういう意味で、結論だけ先に言えば、秘密保護法案というのは自民党改憲案の先取り的な法案だという位置づけができるわけです。

レジュメ一の2のA、人権制約原理の変更というところです。いまの日本国憲法12条、13条に、人権とは公共の福祉によって制約されるという考え方があります。これは世間的には非常に誤解されていて、私も大学で憲法を教えていますけれども、学生に教えていても、中学高校の憲法教育が不十分だし、一般市民の間でも憲法の理解が十分浸透していないと感じます。

たとえばその一つの例として、「公共の福祉」の意味を正確にご存知の方が多くはない。「公共の福祉」とはどういうことかというと、レジュメに書いておきましたけれども、「人権と人権が衝突した場合の調整原理」と考えます。「公共の福祉」は英語だとpublic welfareです。publicは形容詞だと「公共の」という意味がありますけれども、名詞形のpublicは「人々」とか「民衆」という意味なんですね。だからpublic welfareは「人々の福祉、民衆の福祉」という考え方であって、そこから考えたほうが分かりやすい。

具体的にはどういうことかというと、21条に表現の自由がありますけれども、皆さんもご存知のように、野放しの自由なんてありません。表現内容にプライバシーの侵害や名誉毀損的な内容があれば、その表現行為は規制されます。だから表現の自由とプライバシー権、名誉権がぶつかった場合にどちらかが重たければ、もう一方を規制する。これが「公共の福祉」という考え方です。

あるいは、私はタバコは大嫌いなんですけれども、一方でいまの健康増進法はもっと許せないという立場です。いま喫煙規制が進んでいますけれども、喫煙規制は非常に微妙な問題があります。すなわちタバコを吸うというのは憲法13条の幸福追求権から、タバコを吸う自由が保障されます。一方で、どこでも吸っていいわけじゃなくて、他人に迷惑がかかるような場所では喫煙規制をしなければいけない。「公共の福祉」の考え方から、喫煙を規制するわけです。健康増進法自体は過剰な規制をやっていますし、ナチスドイツ的な、私的な問題にお上が介入するという問題があるので、非常に検討しなければならないんですが、今日はその話がテーマではないので、これ以上はしません。それはともかく、喫煙の自由と、タバコがいやだという人がいる場合に、調整して場所等で喫煙を規制する、それが「公共の福祉」の考え方です。

これに対して自民党の改憲案では、「公共の福祉」という考え方をやめて、「公益及び公の秩序」によって人権が制限できるというふうに変えるわけです。この「公益及び公の秩序」という言葉も抽象的ですけれども、2005年に自民党が「新憲法草案」という改憲案を出しました。発表前の案では、この言葉は「国家の安全と社会秩序」という表現になっていたんですね。「国家の安全と社会秩序」というお上の論理で人権を制限してもいいんだと。さすがにこの表現は露骨すぎるので、2005年に発表した時には、「公益及び公の秩序」という抽象的な表現に変わりましたけれども、自民党の本音は、お上の論理で人権を制限してもいいんだと。たとえばテロ対策とか防犯対策で、監視を強化して、プライバシーや肖像権を侵害してもいいんだとか、有事の際に表現の自由とか労働運動を規制してもいいんだ、そういう発想につながっていくわけです。それは今回の秘密保護法の議論の中でも、町村さんが「知る権利というのは国家の安全より優先するものではない」とはっきり言いましたよね。彼が典型ですが、自民党にはそういう発想がある。国民の人権より国家の論理が優先するという発想。その発想が自民党の改憲案にも入っているわけです。この人権制約の原理というのは、すべての人権規定に及びますから、自民党の改憲案が成立しちゃったら、表現の自由、報道の自由、取材の自由は保障するけれども、国家の安全が大事な時には制限してもいいんだと。まさに秘密保護法の論理に直結するわけです。

あるいは21条の2という新しい規定で、自民党はこれを知る権利だと説明するんですけれども、どういう規定を入れているか、条文を読み上げますと、「国は、国政上の行為につき国民に説明する責務を負う」、こういう規定を入れています。自民党はこれを知る権利だと言いますけれども、21条の2にはどこにも「国民の権利」とは書いていません。これは単に国の責務を書いただけであって、この規定だけでは、憲法上「知る権利」は保障されません。さらに付け加えて言えば、いま情報公開法がありますけれども、民主党政権の時に、情報公開法を変えて、知る権利をもりこもうとしたんですが、自民党はそれをやる気がありません。だからちょっと先取り的に説明すれば、秘密保護法の中で自民党は「知る権利」にも配慮する規定を入れていると言うわけですけれども、自民党が言う「知る権利」は、国民の権利ではありません。単なる国の責務規定にすぎない。情報公開法に「知る権利」を明示しなければ、秘密保護法に「知る権利」を入れたところで意味はないんですね。そういう意味で、自民党の論理にだまされてはいけないわけです。そういう国民をごまかすような論理、知る権利の規定が21条の2に入っています。

こういう形で改憲案を提示しているわけですけれども、今回の秘密保護法はこの自民党の改憲案を部分的に先取りする意味がある、ということをまず頭に入れていただければと思います。

では次にレジュメ「二」のところに移ります。

これまでの秘密保護法制の展開を少し見ていきたいと思います。戦前はもう説明するまでもないと思います。軍機保護法、国防保安法などによっていろんな情報を秘密にして、国民に真実を知らせない。そして大本営が日本は勝っていると嘘をつきつづけて、国民はだまされたまま、あの戦争を最後までやっていくわけです。その反省から、戦後は表現の自由が保障されるわけですけれども、こういう中で、レジュメ二の1のAですね、1970年代に入ると、とくに1978年に日米防衛協力のための指針、ガイドラインを結ぶことによって、アメリカと日本の一体化が進むことで、情報の保全責任がアメリカから要求されます。こういう中で、スパイ防止法制定促進国民会議というものが結成されます。これは統一教会、勝共連合などが中心になって作った団体です。皆さんご存知だと思いますが、統一教会は霊感商法で社会問題化しますし、桜田淳子さんが合同結婚式に参加して世間を騒がせました。その統一教会・勝共連合が中心になって作った団体が、日本はスパイがうようよいるからスパイ防止法が必要だという運動を展開します。配布資料の2枚目のCは、1987年にこの国民会議が発行した、スパイ防止法制定のためのパンフレットです。この表紙に何があるかというと、字が小さいですけれども、北海道から沖縄までのスパイ防止法制定促進決議をあげた自治体名が全部載っていまして、これがなんと1733議会もあるんですね。1970年代末から80年代にかけて、これだけ推進側は全国的、草の根的にスパイ防止法を制定しようという運動を展開していくわけです。

それではレジュメに戻って、二のBです。1980年代に入って、自民党が国家秘密法案というものを作ります。具体的には、1985年になって国会に議員立法として出すわけです。今日の配布資料1枚目の@です。下段の旧法案となっているのは、1985年の国家秘密法案で、上段の修正案とあるのが1986年の防衛秘密法案です。85年に国家秘密法案を出すわけですが、国会内外の反対の声が強くて、廃案になります。そこで中曽根首相は、今度はこれをなんとしても党として、政府として通したいと考えて、批判をされた部分を修正して準備するんですけれども、結局この修正案は国会に出すこともできなかったんです。それについては後でまた見ていきたいと思います。

レジュメ2ページめに移ります。Cです。1990年代から2000年にかけて、ますます日本とアメリカ、自衛隊と米軍との一体化が進んでいく。しまいには自衛隊が海外にまで出て行くような状態になっていくわけです。アメリカサイドからもますます秘密保護法制が必要だという論が出てくるわけです。そういう中で2001年に自衛隊法を改正して、防衛機密の規定を盛り込むわけですが、これは後で見ていきます。

レジュメの2「国家秘密保護法制の種類と内容」です。

これまでどういう秘密を守るための法制があったのかというと、2の@従来の秘密保護法制として、平時に適用されるのは、公務員の守秘義務規定です。有事に適用されるのが刑法の規定になります。そして軍事関係の秘密を守るもの、もちろん憲法は軍隊も放棄していますから、自衛隊や駐留米軍は違憲だという議論はあるんですけれども、それはさておき存在はしていますので、どういう法律があるか説明すると、自衛隊法の守秘義務の規定。これは漏らした場合には1年以下の懲役。そしてアメリカの軍事情報を守るためのMDA秘密保護法や刑事特別法がありまして、これは最高で10年以下の懲役になります。こういう形で、現行法でも秘密を守るための法制度はあるわけですね。

こういう中で出してきたのが2のA、先ほどから言っている、1980年代の国家秘密法案です。

ちょっとここでこだわりたいのは、法律の表現についてです。推進派は「スパイ防止法」という表現をしました。資料の@を見ていただけばわかりますように、たしかにスパイ行為等の防止に関する法律案ですから、「スパイ防止法」という表現も成り立つわけですけれども、しかし実際にはこの法案は、たんにスパイを取り締まるだけじゃなくて、じっさいには「スパイ行為等」の「等」が付いているように、スパイ行為以外に、情報漏えいあるいは情報に接近する人を罰する法律ですから、「スパイ防止法」という表現は非常に一面的、部分的であって、正確ではありません。だから「スパイ防止法」という表現はすべきではない、というのが私の立場です。推進派は、スパイを防止するための法律だと言った方が世論を説得しやすいのでこういう表現をしますが、こういう表現はすべきではないと思います。

一方で、この法案に反対する人たちの中には、「国家秘密法案」と「国家機密法案」という表現で分かれたわけですね。社会党などは「国家秘密法案」、共産党などは「国家機密法案」という言い方を概ねしました。あとは諸団体で混同されていましたが、どちらかというと「国家秘密法案」という言い方が多かったわけです。

これについてどう考えるかですけれども、じっさいには法案の名称に「国家秘密に係る」あるいは「防衛秘密に係る」という表現をしていまして、「機密」という表現はしていません。当時、防衛庁には秘密保全に関する訓令によって、「機密」と「極秘」と「秘」という3種類の秘密がありました。1985年当時の点数をレジュメに書いておきました。(「機密」4万4943点、「極秘」5万1947点、「秘」130万3587点)

資料の@を見てください。第二条の(定義)のところに、別表という形で国家秘密が列挙されています。これを見ると、非常に抽象的で何でも入ってしまう。防衛のための態勢とか能力、行動、構想とか、非常に抽象的な表現をしていることは一目瞭然だと思います。そうすると、もし国家秘密法が通ってしまったら、秘密指定されるのは「機密」だけじゃなくて、「極秘」と、さらに「秘」まで秘密指定される可能性がありますから、したがってこの1980年代の法案は、「国家機密法案」ではなく、「国家秘密法案」と表現すべきだと思います。それで私は「国家秘密法案」という表現をしてきました。10月に赤旗からインタビューを受けましたが、掲載前の原稿をチェックすると、やはり1980年代の法案の名称を記者が「国家機密法案」としていたので、これは私は絶対に譲れませんよ、ということで、「国家秘密法案」に変えていただきました。私はこの1980年代の表現にはこだわっています。

レジュメに戻ります。では1980年代の国家秘密法案は、具体的にどういう内容だったのか、資料を見ながら聞いていただければと思います。まず第一条を見ると、「スパイ行為等を防止する」というわけですけれども、じっさいにはスパイだけを防止するわけじゃなくて、「等」の中に何でも入ってきますから、取り締まる対象は非常に広いわけです。

そして第二条に定義の規定があります。先ほど言いましたように、別表の表現を見るかぎりでは、非常に曖昧です。

第三条は、指定の規定ですが、これも基準とか手続が明確に定められていません。

第四条は罰則の規定、これがすごいんですけれども、最高刑は死刑だったんですね。さすがに死刑はひどいということで、反対運動も盛り上がるわけです。そして1985年の法案の第十四条ですけれども、「この法律の解釈適用」と表題が付いていますが、「この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない」としています。こういう規定を書くというのは、自らこの法案が危険だということを明らかにしているわけであって、皆さんご存知だと思いますが、破壊活動防止法にも似たような規定があります。

これが国家秘密法案だったわけですけれども、先程も述べましたように、国会内外の強い反対の声を受けて、1985年のこの法案は廃案になります。それで中曽根首相は、批判を受けた部分を中心に、86年以降、修正案を作っていきます。それがレジュメに書いた「防衛秘密法案」のところです。どこを修正したかというと、第四条の罰則規定の最高刑を無期懲役にしたわけです。無期懲役でもかなり厳罰ですよね。さらに第十三条。メディアが反対したので、新しく第十三条にどういう規定を置いたかというと、第十三条の二項に、「出版又は報道の業務に従事する者が、専ら公益を図る目的で、防衛秘密を公表し、又はそのために正当な方法により業務上行った行為は、これを罰しない」というのを置いて、マスコミ関係者は罰しませんよ、としたわけです。それでもマスコミ関係者は、こういう規定があっても法案自体が非常に曖昧だから危険だということで、反対の声を弱めることはしなかったわけです。それで結局、この防衛秘密法案も、反対の声が強くて、国会にも出せなかった。それで1980年代は制定することができなかったんです。

しかし、2001年の9.11事件の後に、その混乱のどさくさにまぎれて、レジュメ2ページめのBですが、自衛隊法を改正して、この中に96条の2という新しい規定、防衛秘密を守る規定を盛り込みました。何が防衛秘密かというと、別表第四に挙げられている、一から十までの項目。これを防衛秘密に指定して、漏らした者は最高で5年以下の懲役にする、という規定を入れたわけです。しかし、別表第四の一つめを見ていただけばわかりますように、「自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究」という、非常に抽象的で、何でも入ってくるような書き方になっているわけです。しかし、この自衛隊法の改正は、9.11後の混乱した状況の中で、するっと通ってしまった。そういう意味で、1980年代の国家秘密法は制定されませんでしたけれども、外交秘密は除外した形で、防衛秘密を守るための規定は2001年にできた、ということになります。

レジュメ3ページめ、Cに移ります。さらに2000年代に入って、2007年に日本とアメリカの間に秘密軍事情報の保護のための協定というものが結ばれます。これは英語の頭文字を取って、GSOMIAと呼ばれます。GSOMIAは何を規定しているかというと、秘密軍事情報の同意のない第三国への譲渡禁止、アメリカと同等の秘密軍事情報の保護措置、そして秘密軍事情報を取り扱う人間に対して、審査をしなさい。セキュリティ・クリアランスという表現をします。ますます日米の軍事一体化が進む中で、アメリカの要求でこういう協定を結ぶわけです。この協定が、日本に対して秘密保護法制を作れということと、セキュリティ・クリアランスという制度を導入しなさい、ということを要求しているわけです。このセキュリティ・クリアランスというのが、今回の秘密保護法案の適性評価制度になっていくわけです。

レジュメ3の西山記者事件は、時間の都合上、後で質疑応答のところで時間があれば述べたいと思います。

レジュメの三に移っていきます。今回の秘密保護法案ですけれども、どういう経緯で出てきて、どういう中身なのかを見ていきたいと思います。このきっかけは、民主党政権の時に、尖閣諸島沖の漁船衝突事件の映像が外部に漏れるという事件が起きて、それを受けて、秘密保護法が必要だと民主党政権が考えて、レジュメ三の1の@に書いた、政府における秘密保全に関する検討委員会というものが設置されます。この下に、秘密保全のために法制の在り方に関する有識者会議という組織を立ち上げます。1のAに有識者会議の構成メンバー等が書いてあります。この委員は5人の学者からなるもので、縣(あがた)公一郎さんは早稲田の行政学、櫻井敬子さんは学習院の行政法、ちなみに櫻井さんは警察関係の審議会のメンバーにしょっちゅうなっている人で、警察が望むような答申をする人です。長谷部恭男さんは東大の憲法、藤原靜雄さんが中央大の行政法、安冨潔さんは慶應の刑事訴訟法の研究者です。

そういう5人の学者委員がいて、2011年に6回会議を開いています。じっさいには会議には委員だけじゃなくて、まず事務局が入っています。今日の配布資料2枚目のBを見てください。第1回から第6回までの有識者会議の座席表を付けておきました。これはNPO法人情報公開クリアリングハウスという団体が、情報開示請求をして公開させたものです。これを見ていただければわかりますように、5人の学者委員だけじゃなくて、それ以外の人も会議に出ている。右側にある事務局というのが、内閣情報調査室です。内閣情報調査室というのは、全体で210人くらいの職員がいます。このうち生えぬきの職員が90人くらいで、残りは他の省庁から出向してきた人で構成されています。いちばん多いのが警察庁、約50人。あとは防衛省、外務省などから出向しています。内閣情報調査室のトップの内閣情報官は、警察官僚がつとめています。だから内閣情報調査室というのは、警察の影響力が非常に強い組織なんですけれども、それが事務局をつとめている。それ以外に警察庁、公安調査庁、外務省、防衛省など、この秘密保護法制を必要としている省庁の担当者がこの会議に出ているわけです。ということは、議論も報告書も、じっさいにはこういう官僚が資料を出して、議論を誘導していたのではないか、ということが予測されると思います。

レジュメ三の1のBに戻ります。この有識者会議の報告書は、官邸のホームページからダウンロードできますので、ぜひお時間のある時にネットでアクセスしてください。やはり第一次資料から判断してほしい。私が言うことは、私のバイアスがかかっていますから、ご自身で資料を確認してください。ごく簡単に報告書の内容をまとめておきました。この時は秘密保全法という言い方をしていましたけれども、秘密の範囲は、国の存立にとって重要な、@国の安全、A外交、B公共の安全及び秩序の維持。要するに@が防衛、Aが外交に関する秘密なんですが、Bは何かというと、「公共の安全及び秩序の維持」という文言は、警察法2条の警察の責務に出てくる言葉です。警察というのは公共の安全及び秩序の維持に当たることが仕事であって、すなわちこの秘密保全法案あるいは秘密保護法案というのは、防衛省と外務省と警察庁がとくに望んで作りたがっている法案なんです。というのは、先ほどの内閣情報調査室の構成メンバーを考えてもわかると思います。そして新しい特徴というのは、レジュメ3ページめのいちばん最後の「人的管理」として、適性評価制度を導入することです。秘密に接触する人間が、秘密を取り扱うのにふさわしい人間かどうかをチェックする。これが先ほど言ったセキュリティ・クリアランスのことです。

レジュメ4ページめに移ります。何をするかですけれども、評価の観点は@からDまで挙げてあります。これを見ると非常に厳しいですよね。たとえば「B自己管理能力があること又は自己を統制できない状態に陥らないこと」、これなんか読むと私なんか、酒を飲んで女性に誘惑されたらもうコロッと行っちゃうと思うから、私は不適格とレッテルを貼られるからいいなと思います。もちろん私は秘密に触れる仕事をしていないから関係ないですけれども、秘密に接する公務員は厳しい観点から評価されちゃう。調査事項も@からIまで挙げてあります。非常にその人のプライバシーに関わるような、事細かなことが調べられてしまうわけです。

それでは「罰則」のところに移ります。漏えい行為はわかると思います。秘密を漏らすと罰します。特定取得行為というのは、秘密に接近する人間も罰します。マスコミとか市民が秘密に接近しようとすると、罰せられるということです。さらに共謀行為、だれかと相談して、あの官僚、あの自衛官に秘密を教えてもらおう、と相談することが罰せられるという、とんでもない規定が入っているわけです。教唆・扇動というのは、そそのかしたり、はたらきかけたりする行為、これも罰する。ということで、非常に厳しい罰則規定が入っているわけです。こういう報告書を2011年に出しています。

これに対してレジュメCの、愛知県のNPO法人情報公開市民センターという団体がその後、内閣情報調査室に、秘密保全法案に関する情報開示請求をするんですが、不開示決定が出ます。それでいま裁判をやっているんですけれども、この不開示理由が何かというと、レジュメに挙げましたが、「国民の間に未成熟な情報に基づく混乱を不当に生じさせるおそれ」があるから見せませんよ、と。主権者国民をまったくバカにした論理で秘密にしちゃうわけです。

配布資料の3枚めのHをご覧ください。これが情報公開市民センターが開示させた資料の一部です。「特別秘密の保護に関する法律案の概要」の骨子の部分を一例として付けました。こういう真っ黒な状態で開示する。これだとまったくわからないから、本当に意味がないわけです。隠すわけです。やはり国民の権利自由に関する重要な法案なんだから、早めに情報公開して国民にも議論させるべきだと思うんですけれども、いまの官僚はそういうことをしない。こういう形で隠すわけです。

レジュメ4ページめCに戻ります。不開示になったのは情報案の骨子・内容、条文数なんですけれども、開示されたものからわかったことは、「特別秘密」が「特定秘密」という表現に変わったことや、当初は民主党政権の2012年2月に法案を国会に出す予定だったのが出せなくなったということです。出せなくなった理由は、情報公開の資料からはわかりませんが、マスコミ報道にもあるように、有識者会議のメモを勝手に破棄したんですね。あとは日弁連や新聞協会が秘密保全法に反対していたので、それで野田政権は国会への提出を断念したわけです。あとわかったことは、2012年4月頃にははっきりと法律案ができていただろうということ。先ほどの墨ぬりになった資料の右側のIに、情報公開市民センターが作成した表が載っています。法案を担当する内閣情報調査室と、どこの省庁がこの法案で協議していたのかをまとめたものです。これを見ていただくと、ここでもこの法案をいちばん望んでいるのは警察だというのがよくわかると思います。だから今回の秘密保護法について、国家秘密法案の再来だとか、軍事立法だという言い方をする人もいますけれども、それは一面的な見方であって、軍事立法であると同時に、警察が新たに望んだ法案ですよ、という見方をすべきだと思います。

レジュメDです。その後やっと、小出しに情報が出てきます。2013年9月3日にやっと法律案の概要が発表されます。そして皆さんご存知だと思いますが、9月17日までパグリックコメントを募集します。一般的な法案は30日くらいするんですけれども、こういう重大な法案なのに、わずか2週間くらいで政府は打ち切っちゃうわけですね。タレントの藤原紀香さんもパブコメに意見を出して、問題提起をするわけです。当然、私もパブコメを出しました。2週間しかなかったんですけれども、全国から9万くらいのパブコメが集まります。このうちの約8割が反対の意見だったようです。しかしその後ひどいことに、自民党の町村さんは、8割が反対だということは、組織的な応募があったにちがいない、という決めつけをするんですね。まったく国民をバカにしている。それならパブコメをやる意味がない。パブコメをやる以上は、どういう意見が出て、それに対してどう答えるかということを公表すべきなんだけれども、そういうこともやらない。本当にいまの法案の作り方はひどいと思います。

それはともかく、9月3日に法律案の概要を出して、ここでやっと正式に法律案の名称が「特定秘密の保護に関する法律案」だということになるわけです。秘密の範囲は、後でまた変わりますから飛ばします。秘密の指定は、行政機関の長が行う。秘密の有効期間は上限5年だけれども更新可能。更新を続けたら永久に秘密にすることも可能なわけです。

適性評価の対象は、ここに書かれているとおりです。行政機関の職員や、契約業者の役職員。契約業者というのは、防衛産業や、場合によっては大学の関係者も入ってくると思います。そういう人たちが適性評価を受ける。あとは警察です。

罰則については、秘密を漏らした場合は最高で10年以下。三つめに書いた特定取得。秘密に接近する者についても、最高で懲役10年にしてしまう。という中身になっています。

これがさらにレジュメ4ページめのE、9月26日の政府原案になるとどういうふうに変わるかというと、レジュメ5ページにあるように、やっと秘密の範囲が確定するわけです。漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要な@防衛、A外交、B特定有害活動の防止、Cテロリズムの防止に関するものを特定秘密とする。@とAは基本的に変わっていません。有識者会議の報告書では、「公共の安全及び秩序の維持」となっていたものが、BとCに変わりました。Bというのは主にスパイ活動防止の取り組みです。Cはテロリズム防止。要するに、公共の安全及び秩序の維持という、非常に抽象的な言葉ではなくなったわけですけれども、BとCで秘密にしたいのは、警察でも警備公安部門の活動を秘密にしちゃおうということになるわけです。ただ適性評価の対象については、当事者だけじゃなくて、レジュメに書きましたように、家族なんかも含めていくつかの情報も調べますよ、ということになるわけです。

そしてFの政府最終案が10月17日に発表され、10月25日に閣議決定されて、国会に出されたものです。今日追加で配布していただいたものです。法案全文になります。これは東京新聞のものです。東京新聞は「その他」という言葉がいっぱい使ってあることを問題にするために、「その他」を白黒反転表示させています。もちろん本来の法案の条文で、「その他」だけ反転して表現することはないんですけれども、これを見るといかに「その他」という言葉が多いのか、それだけ拡大解釈ができるのか、というのがよくわかると思います。詳しくは後で目を通しておいてください。

政府がそういう形で小出しに秘密保護法案の情報を出していく中で、反対の声がずっと出てきますから、それで少しずつ修正していきます。レジュメFのところです。たとえば秘密の期間が30年を超える場合は内閣の承認が必要、とするわけです。政府・自民党はこれで歯止めをかけるんですよ、と言いますが、もちろん内閣が承認すればさらに秘密にできるわけですから、何ら歯止めにならない。アメリカなんかは原則として期間を区切って情報公開しますから、そういう意味ではこれでも歯止めにはならないと思います。

指定基準については、行政機関の長が一方的に指定できないように、有識者などから構成する会議で指定や解除に関する統一基準を作る。この統一基準に基づいて指定や解除をするんですよと言うわけですけれども、じっさいに有識者などの第三者は、秘密の指定や解除に際して直接タッチはしません。第三者が秘密の指定が妥当かどうかチェックする体制がアメリカにはありますけれども、日本では第三者のチェック体制がないんですね。基準を作るだけで、直接チェックはできないわけです。基準を作るだけ、という意味で非常に不十分ですし、安倍さんはよく「お友達内閣」と言われていますけれども、お友達や家庭教師だった人をNHKの経営委員にするような人ですから、こういう会議にも友達や知り合いの有識者を入れてしまえば、全然歯止めにならないわけです。

次の「知る権利等」ですが、配布資料の「特定秘密保護法全文」第21条をご覧になっていただければと思います。21条1項に、「国民の知る権利に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」、と書いてあります。自民党はこれで知る権利は守られますよ、と言うわけですけれども、自民党が言うところの知る権利は、権利ではありません。具体的に知る権利を保障するには、情報公開法を改正して、情報公開法に知る権利を入れないと意味がないんですけれども、自民党はそれをやる気がありません。だからここに知る権利を入れたところで不十分になってしまう。しかもこれ、直接保障するのは報道または取材の自由であって、知る権利の方はもう一歩下がっているわけです。しかも、「報道又は取材の自由に配慮しなければならない」ですから、侵害してはいけない、という意味ではないです。配慮さえすれば、配慮した結果規制してもいい、ということになるわけです。

あるいは21条2項に、「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする」と書いてあります。しかしこれも不十分なのは、先ほど説明した国家秘密法案の修正案の時には、「出版又は報道の業務に従事する者が、……正当な方法により業務上行った行為は、これを罰しない」と書いてある。1980年代の時は「罰しない」ですけれども、今回の秘密保護法案では、「罰しない」とははっきり書いてないわけです。「正当な業務による行為とするものとする」と、少し曖昧な形にしている。ということは、拡大解釈によって、マスメディアの取材行為、報道行為が罰せられる可能性があります。じっさいにはこの間の議論の中で、いま森雅子少子化担当大臣が秘密保護法案の担当大臣になっていますけれども、彼女は西山事件のような場合が不当な方法による行為です、とはっきり言っていますよね。

西山記者事件について最低限コメントしておきたいのは、西山さんはたしかに外務省の女性事務官と肉体関係を持って情報を入手したということについては、道徳的・倫理的には責められると思います。しかし刑事裁判で、裁判所が西山さんと女性事務官の関係を「あれは不当な方法である」との決めつけをすべきではないと思います。そういう私的な問題について、もし女性事務官が傷ついたのであれば、彼女が西山さんを相手に民事裁判で争って、そこで裁判所が認定するのはわかるんです。けれども刑事裁判で、西山さんと女性事務官の関係が妥当かどうかは直接争われていないのに、裁判所が踏み込んで判断すべきことではない。あるいは裁判所が不当に踏み込んで判断をしている、と思います。西山記者事件について言えば、私を含めて憲法研究者の多くは、第一審判決を評価しています。第一審判決では、西山さんは無罪で、西山さんの行為は新聞記者として正当な行為ですよと。道徳的・倫理的には責められる可能性はありますけれども、どうしても国家というのは秘密を隠すものだから、いろんな方法でマスコミが情報源にアクセスするというのは考えられるわけです。あれで罰しちゃったら、マスコミの取材・報道の自由が制限されてしまう、という観点から、東京地裁の一審判決は、女性事務官は公務員法に反するとして有罪になったわけですが、西山さんは正当な行為だから罰しないということで無罪になりました。これを憲法研究者の多数派が支持していますし、私もその立場です。西山さんの行為は罰するべきじゃなかった。女性事務官の問題は当事者間で解決すべきであって、この秘密は暴露しなければならないものであったから、それを裁判所がすり替えるのは間違っている、と私は考えます。

でも森雅子担当大臣は、弁護士なのに、西山さんの最高裁判決を肯定してしまった、という問題点があるわけです。森雅子さんは福島選出の国会議員ですよね。10月9日に福島県議会は政府に対し、秘密保護法は慎重に審議しなさい、と全会一致で意見書を出しているんです。福島はSPEEDIの情報で迷惑を被ったわけです。政府はなんとアメリカにはSPEEDIの情報を出したのに、国民にはずっと出さなかった。それで住民がまちがって汚染のひどい所に逃げてしまい、大量の放射能汚染の被害に遭ってしまった。福島の人たちはそういう経験をしたので、秘密保護法が通ってしまったらああいうSPEEDIの情報なんかは隠されてしまう。だから慎重に議論しなさい、と意見書を出した。福島県議会というのは自民党、公明党が多数派の議会ですけれども、そういう議員も意見書を出しているわけです。それなのに森大臣が、担当大臣になってしまったからというのはあるでしょうけれども、秘密保護法について肯定的な立場でいろいろ言うというのは、弁護士としても、福島選出の議員としても資質が問われる、と私は思います。

それでは次に、レジュメ5ページの2「秘密保護法案の検討」です。民主党政権の時に有識者会議を立ち上げたのは、尖閣諸島沖の映像流出事件ですけれども、漏らした海上保安官は起訴猶予になっています。10月17日の参議院本会議で安倍首相は、この15年間で5件の公務員による漏えい事件があると言っています。尖閣の事件もその5件に入っています。けれども、この間の議論で明らかになったように、この時の映像は特定秘密にあたらない、と政府はなんと言っているんです。そうしたら有識者会議を作るきっかけがなくなってしまうんじゃないか、と言えると思う。それなのになぜ作りたがっているかというと、やはり日米の、特に軍事サイドからこういう法案が必要だという要求を出しているわけです。さらに直接のきっかけは、2010年の警視庁の国際テロ情報漏えい事件です。警察もこういう秘密保護法制が必要だと考えて、それで要求しているというのが今回の背景にあります。現行法でも十分対応できるんだけれども、やはり秘密の範囲を拡大して厳罰化することを、いまの防衛・外務・警察の3つの組織が望んでいるというのが背景です。

レジュメに「軍事と治安の融合化」と書きましたが、とりわけ2011年のアフガン戦争、9.11以降、軍隊の警察化と警察の軍隊化が進んでいまして、本来テロは犯罪なのに、軍隊が解決に乗り出す一方で、日本の警察もいま装備が自衛隊に近くなっていまして、2000年代に入ってから、武装工作員等の侵入事案に対処するという名目で、いま全都道府県で警察と自衛隊が共同の訓練をやっています。自衛隊にしろ警察にしろ、あの人たちは自分たちが日本の国家の安全を守っていると考えていますから、そういう観点から、国民には余計な情報を与えない方が、日本の安全にとってはプラスになるんだ、という発想があるんだと思います。そういう観点から、自分たちの活動を隠してしまうために、こういう法案が必要だと考えているんだろうと思います。

じゃあ問題点は何かというと、立法事実からすると、先ほど尖閣の問題を言いましたが、あと安倍さんが言った5件のうち3件は起訴猶予や不起訴です。残りの2件は懲役10ヶ月と、もう一つは懲役2年6ヶ月ですが、執行猶予が4年付いています。だから安倍さんは5つの事例を挙げていますが、その5つの事例は新しい法律を作ることの立証にはまったくなっていないんです。そういう意味で、立法事実がない、と言えると思います。

そして危険なのは秘密の拡大です。先ほどから言っていますが、SPEEDIの情報なんかは入る可能性がありますし、政府の答弁がいまだいぶ揺れています。TPP交渉はすでに秘密にされていますが、これも法律によって守られると思います。日本で警備・公安部門というのは本当にヴェールに包まれていて、よくわからない。

警備・公安部門と似ているのは、自衛隊の情報保全部門です。自衛隊の情報保全隊は、イラク戦争に反対する市民運動の監視活動をやっていたわけです。そういう自衛隊の情報保全隊や警備・公安部門がじっさいには国民に対する監視活動、尾行とか、あるいは集会にもぐりこんで調査するとか、そういう活動をやっているわけです。今日はいないですよね、もしかして?(会場笑) そういう活動自体が不当なんですけれども、それをこの秘密保護法によってますます見えなくしちゃう、という問題点があるわけです。罰則も従来の法律より強化されちゃうし、国民の権利との関係で言うと、マスメディアの報道・取材の自由が規制される、国民の知る権利が侵害される、適性評価を受ける人たちのプライバシー権が侵害されてしまう。裁判になっても、法廷に出せない可能性がありますから、仮に出したとしても、秘密会で裁判やりますから、公開裁判を受ける権利も侵害される。国会にも、秘密を出す場合には秘密会にする。秘密会にしないというのであれば、秘密は出さない、と言っていますから、そうすると国会議員の国勢調査権も侵害される。そういうわけで、国民の権利自由に対するいろんな侵害だけじゃなくて、立法権・司法権にとっても重大な侵害をもたらすのが今回の秘密保護法だと思います。

一つだけ指摘しておきたいのは、お配りしてある資料の方で、12条の2項が適性評価に関すること、1項が特定有害活動ですが、2項にテロリズムの定義が書いてあります。「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」。要するにテロリズムとは何かというと、殺傷行為と破壊行為というのはわかるんですけれども、これが「又は」という接続詞で結ばれているということは、殺傷や破壊行為と同じように、政治上の主義主張を強要する行為もテロリズムだと言っているんですね。主義主張を強要するのがテロリズム、というのは定義として本当にひどい。思想・信条の自由も侵害するおそれがあると思います。じっさいにいまの警察は政治警察化していて、いろんな政党とか労働組合とかをこっそり調査活動をしているわけです。まさにいまの警備・公安警察がやっていること自体が問題なんだけれども、こういう活動も秘密保護法で隠されてしまうという問題があるわけです。

それではレジュメ四の1のAです。共通番号制度が安倍政権の下で成立しましたが、これと秘密保護法がどういうふうに関連してくるかというと、19条12号で、共通番号制度で収集した個人情報は他に提供してはいけない、という規定があるわけですけれども、そこに例外規定を置いていて、一つは刑事事件の捜査に使えるんですが、その他政令で定める公益上の必要がある時は使える、としています。政令というのは法律じゃなくて、内閣の判断として出せるものです。おそらく国家安全保障会議が設置された後に、国家安全保障局というものを作りますけれども、その内部調査を、共通番号制度が今後稼働しはじめたら使うと思います。国家安全保障会議を作った後に、007のような諜報機関を作りたいと言っていますよね。町村さんをはじめとして。そうするとこの諜報機関が共通番号制度を利用して活動すると思います。いまアメリカのスノーデンのNSA盗聴事件が問題になっていますけれども、日本もああいう組織ができて、盗聴をはじめとして、いろんなことをこれからやる可能性がある。そういう時に共通番号で収集した情報も活用する、ということです。

レジュメ6ページめです。国家安全保障会議設置法が衆議院本会議で採決されまして、参議院でこれから始まるわけです。ごく簡単に言うと、安倍政権になって突然これが必要だと言っているわけじゃなくて、1980年代から国家安全保障会議をアメリカのNSCをモデルに作ろうという提案がなされていたんです。とりわけ中曽根政権の時に具体化します。中曽根さんがあの時何を言ったかというと、「私はサッチャーのような大統領的首相になりたい」と言ったわけです。国家安全保障会議というのは、いまの日本の憲法と内閣法では、閣議で全員一致で決めなければならないわけですけれども、中曽根首相の時に導入した安全保障会議というのは、首相と8人から構成される安全保障会議が緊急かつ重要な問題について審議しちゃう、という組織です。閣僚全員が集まって決めるのではなく、限られたメンバーだけで審議して物事を決めましょう、という組織として作ったわけです。大統領のようなトップダウンで物事を決める、そういう存在になりたい、ということを中曽根さんは言ったわけです。

安倍政権の国家安全保障会議というのは、中曽根政権の時に誕生した安全保障会議の構成メンバーをもっと限定して、より少数でスピーディにトップダウンで決めちゃおう、という組織なんです。この安全保障会議の議論をする中で、秘密保護法が必要だと。その議論を今年3月に出して、国家安全保障会議と秘密保護法はセットで必要だということを安倍さんが言い始めたわけです。

レジュメ3の、自民党の「国家安全保障基本法案」は昨年の7月に発表したものですけれども、来年の通常国会に自民党が出したがっています。これは皆さんご存知のように、集団的自衛権行使の全面解禁を狙う法案なんです。この法案の中でも、秘密保護法が必要だということを謳っているわけです。

以上のように、国家安全保障会議とか、国家安全保障基本法案を見ればわかりますように、いま秘密保護法を作りたがっている自民党政権は、そこで大事なのは国民の安全じゃなくて「国家の安全」であり、「国家の安全」のためであれば国民の権利自由を制限してもいいんだと。そしてそこで言う「国家の安全」というのは、これから何かあった時に、日本はイギリスのような国になるんですよと。アメリカが戦争をする時に、日本も集団的自衛権を行使して、日本の自衛隊をどんどん海外に出していくんですよと。アメリカなどと協力しあいながら、いろんな情報を一緒に管理して、活動していくんですよと。そういう国家体制づくりの一環として、秘密保護法もあるんだ、と考えていただければと思います。

最後に、この間の状況を見ますと、1980年代と比べて明らかにまだ反対の声が弱いです。1980年代は、先ほど言ったように、この国民会議のパンフレットが象徴的ですけれども、1700を超える自治体でこういう推進決議をあげながら、「スパイ防止法」はできなかったんです。さらに1986年の衆参同日選挙で、自民党は衆議院で300議席をとります。だから国家秘密法案も通せたはずなんだけれども、通せなかったのは、それだけ反対の声が強かったからです。先ほどお話ししたように、私たち学生も声をあげましたし、市民や労働組合も声をあげましたが、あの時はメディアがかなり先頭に立ったんですね。メディアというのは新聞労連などの記者サイドだけじゃなくて、新聞協会という経営サイドも立ち上がったわけです。そういう意味でいまの秘密保護法については、新聞協会はいちおう声明は出しているんですけれども、新聞労連が一緒に行動しましょう、と提案すると断るそうです。じっさいにいまの報道を見ても、正面から反対しているのは朝日、毎日、東京新聞。日経新聞は少し修正が必要だというスタンスです。読売はちょっと微妙というか、基本的には賛成なんだけれども、十分審議しなさい、という立場。産経新聞は正面から賛成の立場。だから新聞協会のスタンスも変わってきています。そういう意味でちょっと弱い。

それでも「展望」のところに書きましたが、1980年代の運動から学ぶことは、80年代は自民党がそれだけ議席を持っていても、まさにいまの国会でも自民党が圧倒的に強いわけですけれども、反対の声が強ければ、そう簡単には通らない、と思います。80年代はマスコミが本当に強かった。たとえば朝日であれば、社会部に横田喬さんという記者がいて、彼が専門で取材して書いていました。神奈川新聞であれば、社会部の特別取材班に江川紹子さんがいて、江川さんがずっと秘密法の取材をして、本にした。江川さんたちの取り組みは、その後日本ジャーナリスト会議のJCJ奨励賞をとります。あの頃と比べていまはまだ弱いけれども、やっと運動が盛り上がってきたので、この運動をさらに強める必要があると思います。中曽根政権の下でも国家秘密法案はできなかった。中曽根さんは1985年に靖国を参拝したけれども、公式参拝への批判が強かったから、86年には行けませんでした。脱原発でも、野田政権は最初、2030年に15%くらいの原発依存率にしようとしましたが、毎週の脱原発の官邸前行動や世論調査で脱原発の声が大きかったから、2030年代に脱原発依存と言わざるをえなかったんですね。

政治というのは、国会の議席の数だけでは決まりません。権力者というのは、やはり国民の支持を得られなくなったら政権は続きませんから、議席だけで政治はできません。いまやっとこれだけ反対の声が高まってきて、この声がさらに強くなれば、秘密保護法はつぶせると思いますので、今日学んだことをぜひ周りの人に広めていただいて、皆さんも声をあげていただければと思います。臨時国会は12月頭までで短いですから、少しでも会期が伸びると、通すことはできません。まずは臨時国会で通さないこと。通常国会で継続になると、通常国会は1月から始まりますけれども、最初に予算の審議で時間をとられますので、時間稼ぎができます。そういう意味で、この臨時国会で何としても通さないことが大事だと思います。皆さんもぜひ声をあげてください。

司会:先生、ありがとうございました。(会場拍手)

(2013/12/04)

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