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新潟遺伝子組み換えイネ裁判判決について


GMイネ野外栽培実験に対して問題提起

GMイネ開発は先に手がけていた企業が商品化の望みがないとすべて撤退しています。ところがイネゲノムを解読したことを追い風に農水省は得意のイネで遺伝子組み換え関連の特許をとり、応用化してバイオ産業に道を開くため、国策としてGMイネ開発を推進してきました。

この裁判は、農水省所管の独立行政法人「農業・食品産業技術総合研究機構」(略 機構)が、米どころ新潟県の北陸研究センターで、2005年から2年間実施しようとしたGMイネの野外栽培実験に対し、05年6月に地元米農家らが、実験差止めの仮処分を提起したのが始まりです。

「玄米は普通食べない」

このGMイネは、いもち病と白葉枯病の両方に強い複合抵抗性のイネを作出するため、カラシナの抗菌物質「ディフェンシン」の遺伝子をイネに導入したものです。このGMイネは恒常的に抗菌物質カラシナ・ディフェンシンを産生します。

主食の米にGMを導入することへの食や環境、農業への強い懸念が引き起こされました。地元説明会では、安全性の不安や水田地帯にある実験圃場からの交雑、風評被害などの懸念に対し、機構の職員は「導入遺伝子はイネの緑色部だけに発現するので、可食部ではディフェンシンはできない、通常の米と同じ」と説明。青米や玄米はどうなのかとの問いに「玄米は普通食べない」と述べるなど納得できる説明はされませんでした。

また市民集会で機構の研究者が農薬削減になると説明したところ、数名の農家が発言し、農薬使用を推進してきた張本人が、今度は農薬使用削減のためといって遺伝子組み換えを持ち込もうとする、農家を踏み台にする官僚のご都合主義への強い怒りを表しました。住民同意のないまま田植えが強行されたため、地元の農家らが原告となり新潟地方裁判所高田支部へ実験差し止め仮処分の申立てがなされたのです。

「交雑防止措置は十分」だが内部にはトンボが飛び回る

裁判では、交雑は避けられないこと、また、微生物の専門家により指摘されたディフェンシン耐性菌の出現という脅威を理由に実験の差止めを求めました。

しかし、交雑防止措置は(裁判で問題とされたことから、国の野外実験指針にあるオプションのすべてを採用し、穂の袋がけ、イネ茎をビニールシートで包み、圃場をかまぼこシートで覆うなどしたので)十分とみなされ(実際は覆っているビニールの破れがあったり、なかにトンボなどが入って飛んでいる状態でしたが)、また、耐性菌発生の危険性の証明は不十分という理由で申立ては斥けられました(2005年8月17日)。

お粗末な国の野外栽培実験指針

それで今度は民事訴訟で新潟地裁に提訴しました。原告には新潟以外の市民(加藤登紀子、ちばてつや、中村敦夫、山下惣一、毛利子来など)8名も加わりました。

ディフェンシンは、近年知られるようになった物質です。人を含む動植物の多くが細菌感染の最前線の防御物質としてディフェンシンを産生します。それは病原菌が接触したときのみ産生されます。これは耐性菌を発生させない自然界の巧妙なメカニズムなのです。

しかし、本GMイネは、人工的に常時産生しているので、自然界では抑制されていた耐性菌の出現を引き起こすことになります。GMイネのまわりにいる菌がディフェンシン耐性となり、また耐性遺伝子が伝達されたりして、広がっていきます。緑膿菌(水田にもいる)など人の常在菌が耐性となれば、健康な人もやられてしまいます。このGMイネの開発を知った内外の研究者たちは驚き、これまでにない脅威を生み出すとそろって危険性を指摘しました。しかし、国の野外栽培実験指針はお粗末で、これを想定しておらず、防止項目はありません。

裁判の争点

裁判ではディフェンシン耐性菌の出現の有無が主要な争点となりました。抗生物質の濫用が抗生物質耐性菌を発生させ、農薬の多用が耐性害虫を生み、除草剤の多用が耐性雑草を生むという耐性発生のメカニズムは、今日では常識となっています。

被告側は、イネ体外にディフェンシンが常時出れば耐性菌を否定できないと考えてか、ディフェンシンはイネ体外には出ないと主張(それでは本GMイネの効果を発揮できないことになりますが)。裁判所は対立する主張について、第三者鑑定に委ねることにしました。被告側がGMイネの種と精製ディフェンシン、ディフェンシンを検出するための抗体を提供して鑑定が始まりました。

しかし、育てたGMイネからディフェンシンをほとんど検出できず、逆に普通のイネから出たり、抗体を使ってカラシナで調べたところディフェンシン反応がほとんどなかったりと鑑定は困難を極めたのです。1年半もの時間を経て出された報告は、鑑定不能というものでした。証明されなかったという結果をもって原告敗訴とされました。ただちに控訴し東京高等裁判所へ裁判は移りました。

高裁では、耐性菌問題の第一人者とされる平松啓一順天堂大学教授が耐性菌出現は必須との書面も提出されました。さらに本GMイネの開発に携わった被告側の研究者が、裁判開始以前に植物ディフェンシンの抗菌活性の程度と耐性菌の出現頻度について比較研究を進めている旨の論文を専門誌「化学と生物」に寄稿していたこともわかりました。機構側も耐性菌の出現を認識していたことになります。

原告側がこの「植物ディフェンシンについての耐性菌の出現頻度について比較研究」の研究結果の提出を求る書面を提出したところ、裁判長の対応がこれを境に豹変し、被告側の「その調査研究はしていない」との驚くべき書面の言い分をそのまま認め、原告側の「それでは論文の執筆者を証人として尋問したい」との申入れも言下に却下し、審理終結を宣言したのです。機構の研究者のこの論文は決定的証拠であったがゆえに、これの解明に立ち入ることを必死に避けたように見えました。

証拠の採用は裁判長の自由裁量?

民事裁判においては、膨大な時間や労力を費やして決定的証拠を収集し提出したとしても、証拠の採用は裁判長の自由裁量なのだそうです。愕然とさせられる司法制度の欠陥ではないでしょうか。 そして11月24日、春日通良裁判長は原告敗訴の判決をそそくさと下しました。国策に加担して公正な裁判遂行の責務を放擲した恥ずべき判決です。

しかし、所詮、判決は人為にすぎません。真実、真理の世界は厳然と存在しています。重要なのはこちらです。私たちはGMイネ野外栽培を真実、真理に立って検証したらどういう判決になるか、市民法廷を来年4月9日、野外実験の地、新潟県上越で開催します。

これまでの裁判を有形無形にご支援下さった多くの皆様に厚く御礼申し上げます。裁判を通して生まれた様々な分野の人と人の有機的結びつきは新たな胎動と運動の飛躍を予感させます。

(2011/01/22)

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