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種子を取り巻く危機と私たちにできること


近代農法の弊害

みなさん、こんにちは。安田です。これまで種子という産業はわりと地味な分野でしたけれども、近頃はたいへん注目されるようになりました。バイオテクノロジー企業が「遺伝子組み換え」という技術を手にしてから、クローズアップされてきました。

「遺伝子組み換え」の問題に至る前段として、農薬や化学肥料をたくさん使う"近代農法"について、少し触れておきたいと思います。

この農法の登場により、地域特有の気候・風土にあった種が激減し、商品価値の高い種子へと集中していきました。その結果、世界規模で種の「均一化」という事態が起こります。大都市の住民に安定して供給する、大規模生産地に、特定の品目の補助をする政策を行なった結果、品種のバラエティーが激減していったわけです。

世界規模でみますと熱帯林の消失ということがあげられます。熱帯林は生物の"ホット・スポット"と呼ばれ、たくさん雨が降る赤道付近には、起源となる原種の生物がたくさん生息していました。

ところが、開発が進み、熱帯林の伐採が加速化されていく中で、こうした生物の住むところが奪われてなくなっていく。こうしたことが国内でも、国際的にも進んでいるといった状況に私たちは立たされているのです。

有機栽培は、適した種子を使う必要がある

みなさんもお聞きになったことがあると思いますが、「ハイブリッド」、一代交配種、いわゆる「F1」と呼ばれている技術があります。有能な2種類の種のいいところを交配させる技術のことです。

自家採種で作物を作る場合、品質がバラけてしまいますが、F1は非常に安定している。そこで農家は、毎年F1の種を買うということになる。日本の農家はほとんど自家採種をしていないのが現状です。

稲、麦、雑穀、豆類以外はほとんどF1種になっています。ちなみに遺伝子組み換えの問題には、自然交配をすることで、組み換え種が広がってしまうという問題があるわけです。

有機栽培の話をすると、農薬・化学肥料とセットになっていない品種がこの農法にはふさわしく、通常売っている種で有機栽培にチャレンジしてみても、うまくいかないことが多い。

これは、近代農法にふさわしい種になってしまっているからです。昔からある種を使うことが有機栽培には必要です。こうしたことが大きな問題になっているわけです。

生物特許問題

バイオテクノロジー企業が、種を支配してきた大きな原因に、「生物特許」が挙げられます。

これは、種などに「知的所有権」があると主張して、他の人がそれを使うなら「お金を払いなさい」、もしくは使えないように独占する権利のことを言います。

これは1980年代にアメリカの最高裁判所が、遺伝子組み換えの微生物に対してはじめて「特許」を与えたことに始まりました。原油流失した際に、汚染源を分解する力を持ったバクテリアに対し与えられたのです。

その後、遺伝子を改良し、ガンになりやすくした実験用のマウスにも特許を認め、そして組み換え作物にも特許を与えていく。こういう流れになっているわけです。

そして国際条約にまで及ぶのです。「植物新品種の保護の関する国際条約(UPOV条約)」が改定され、新しい品種を開発した人には権利が認められるのです。

開発者の権利は以前も認められていたわけですが、それにプラスして、「特許権」も認めるということが条約の内容です。つまり「二重保護」を認めるということです。「品種登録権」として認められていた植物は限られていた訳ですが、条約改定によりあらゆる植物に特許を認めるということになったのです。

こうして開発者の知的所有権の強化が図られていったわけです。これらのことにより種子産業は、非常に旨みのある産業になったのです。

バイテク企業の世界戦略

遺伝子組み換えの開発企業、もともとは農薬メーカーであったり、製薬メーカーであった化学企業、例えばモンサントですとかアベンティスとかデュポンなどが世界規模での種会社の買収をはじめていく。それがほとんど済んでしまったというのが今日の状況です。

こうしたことはたいへんな事態なのですが、日本ではほとんど報道されておりません。アメリカのモンサントは穀物メジャーのカーギル、ここの種子部門を買収しました。

さらに、北米・南米の主だった種子会社をことごとく買収しました。モンサントは今や、小麦・大豆・とうもろこし・綿花の種をほとんど手中に収めている。スイスのノバルティス社もモンサントと同じような活動をし、1997年にはお隣・韓国の業界2位のソウル種苗を買収しました。

そしてそこを足掛かりに、日本、東アジア地域への戦略を立てています。日本の種会社は農協の合併が進む中でふるい落とされて、非常に少なくなっています。

日本の大きな種会社といえば、サカタのタネ、タキイ苗種などがあげられますが、サカタのタネにも大株主として、ノバルティス社傘下のスイスの投資会社の資本が入っています。

WTO協定のもと、資本の自由化を背景に、多国籍バイオ企業の資本が各国の種苗会社をターゲットに買収や資本参加を行い、ほぼ終わって いるのが現在の状況です。

アルゼンチンはこのモンサントの買収により、ことごとく種会社が傘下に入りました。世界第2位の生産量を誇るアルゼンチンの大豆は、90%以上がモンサントの販売する大豆になっています。

農家が普通大豆の種が欲しいと思っても、このような独占的状況においては売り手優位で、希望の種を手に入れることができなくなります。

こうして、いまやアルゼンチンの大豆のほとんどがモンサントの組み換え大豆になっているのです。またインドにおいては、産業の中心である綿花が、遺伝子組み換えのモンサントの綿に切り替えられようとしています。

一切の環境に対する汚染データを公開することなく、まったく非公開のまま大規模な試験栽培を行っています。そして間もなく、販売されようという段階に来ています。

インドは綿花の原種があるところです。それが遺伝子組み換えに汚染されると、これは人類にとってたいへんな損失、取り返しのつかない事態になるわけですね。

生物多様性の重要さ

「生物多様性」というのは色々な遺伝子が、たくさんあるということがポイントになるわけです。人間は環境の変化に適応するため、これまで営々と自分達に必要な種を作ってきたのです。

環境がどんどん悪化し、温暖化が進行している。いままで栽培できたものが気温の上昇により作れなくなる。状況が変わった中で、作物を作っていくためには病害虫に強いとか高温・乾燥に強いとか、そういう遺伝子を交配させる必要があるのです。

いくら高度な組み換え技術があっても、元となる原種がなければ、組み換え技術すら行えなくなるのです。そういう貴重な原種を遺伝子組み替え技術によって汚染させているという状況が進んでいるのです。

例えばメキシコは、とうもろこしの原種があるところです。そこに家畜用の餌として輸入された組み換えされた種から花粉が飛び、そしていつの間にか原種を汚染している。こうしたことも報道されているのです。組み換え技術は、環境に対する脅威になっていることが現在認識されています。

復活したターミネーター

多国籍企業が種会社を買収し、遺伝子組み換えの種を世界中に売っていく。農家との契約事項で種の自家採種を禁止しています。特許のかかった種であるから、自家採種は特許権の侵害にあたる訳です。

北米では農家を監視できますが、インドや中国といった具合に、色々な国にまで販売が及んでいくと監視が不可能になってしまう。そこで開発されたのが「ターミネーター技術」です。

これは植物やねずみなどから毒素を作る遺伝子を取り出し、作物に導入します。結果、農家が自家採種した第2世代の種は、播くと、胚芽ができようとする時に遺伝子にスイッチが入り、種の中に毒素ができ、種は自殺してしまう。つまり自家採種してもその種は芽が出ないというものなのです。この技術は、世界中で反対の声が高まりました。

この結果、遺伝子組み換え技術は世界の飢餓を救う技術、農民により良い種を供給する技術という宣伝が繰り広げられてきましたが、実際は一握りの多国籍企業が種を支配するための道具が明らかになりました。

このターミネーター技術の開発行為によって、多国籍企業が利益を最大化し独占するための道具として使おうとすることが明るみになりました。そこで「ターミネーター技術の応用化は当面しない」という発表になった訳です。

強い反対の声にひとたびは応用化を見送りましたが、2001年、アメリカ農務省はモンサントの綿花にターミネーター技術の応用化を認めました。いよいよスタートしたのです。

さらにアメリカで特許を取った技術として、「トレーターテクノロジー」という、ターミネーター技術をもっと洗練化したものが登場しています。

自家採種した種が自殺してしまうというのはあまりにも露骨に反倫理性が際立つというので、トレーター技術へ改良したということのようです。

これは取った種はそのまま播くと芽が出ないが開発企業が販売する薬剤に漬けるとか、散布すれば、人為的に入れた成長や発芽を止めるブロック遺伝子が外れ、発芽するようになるというものです。

種子と薬剤のセット販売商法です。非常に問題のある技術ですが、アメリカは去年の5月特許を認めました。種会社が買収されて、ターミネーターやトレーターというテクノロジーが認められていく段階に来ています。

日本の場合はほとんどがF1で種は毎年買うものということが当たり前になっていて、私たちがターミネーターなどのことを話しても、農家はいまいちピンと来ないのです。動きが非常に鈍いわけです。

種会社から種を買うしかないということは、農民の自立を奪うということであります。自分が作りたい種、自分がどういうものを栽培したいかという決定権は、農民の手になければならないのです。

種屋が売りたい種しか買えないというのは、農民の自主性を自ら手放してしまっているということです。それが「米」に来た時に、私たちは一体どうなるのだろうか、このことを真剣に考えなければならない所にきています。

バイオピラシーについて

先ほど申し上げました、種の多様性のある熱帯のホットスポットで行われていることは、日本やアメリカ、欧米諸国の製薬会社が遺伝子の海賊行為を行う(バイオピラシー)ということで大変な批判があります。

企業が有用な原種を持ち出し、その遺伝子を解析して新たに特許を取る。例としては、タイの"ジャスミンライス"という香りの良い、おいしい高級米があるのですが、特許を取り商標まで奪い、タイの農民がそれを輸出できなくしてしまいました。

原種というのは、たまたまそこにあるということではなく、何世代にも渡って農民が選抜し、守り育ててきたことにより存在しているわけです。

「生物多様性条約」はこのことを認め、原産国の農民にその利益を還元しようという内容なのですが、アメリカはこの条約をいまだに批准していません。それどころか、バイオピラシーをやり続けているということがあるわけです。

どんどん改悪されている状況

1998年、UPOV条約の改正され、日本の種苗法も改正されました。その結果、種に対する権利というのはすべての植物にまで適用範囲が広がった。

単に農産物のみならず、その権利は加工品にまで及ぶのです。ブドウならワインにまでということです。

自家採種は認めず、登録は「細胞1個まで」という内容なのです。

日本ではほとんど問題にされておりませんが、1986年に「主要農作物種子法」が改定されました。

改定前は、米・麦・豆などの主要作物の種子開発は公的な機関にしか認められておりませんでした。儲けの対象にしてはいけないということだったのです。

それが改定されて民間企業の参入を許した訳です。民間企業が参入して競争して品種開発をすれば生産者にも消費者にもよいという論理で、規制緩和を行ないました。

現在は、米にアメリカのモンサントなどの企業が「日本晴れ」や「コシヒカリ」という品種で遺伝子組み替え技術の開発しています。

愛知県農業総合試験所は、モンサント社と共同で、「祭り晴れ」という品種に除草剤(モンサントのラウンドアップ)耐性を持たせた遺伝子組み換えイネの開発を行っています。

我々が持つべき指針

こうした事態は生産者の問題というより、私たちの食糧問題なのです。

種を抑えられるということは、私たちの食料を抑えられてしまうということと同じなのです。

最近、「イネゲノム」の解析により、その遺伝子がほぼ解明されたということが報道されています。

日本の政府が主導して、予算を持ち世界10カ国の研究者に解析を依頼し、研究を進めています。イネのゲノム(遺伝子地図)が分かれば、同じ禾本科の小麦やトウモロコシの遺伝子構造も解析が一挙に進むという期待もあります。

ですから主食の米・麦にまで知的所有権が及ぶという流れができつつあるのです。

私たちはもっとこのことに目を向け、食べ物の元である種子を自分たちの手の中にしっかりと握ることが必要です。種を特許で抑えたりする行為に反対すべきだと思います。今の大きなグローバリゼイション、WTO協定が私たちの行く手を阻んでいますが、多国籍企業のなわめから自由であるのは地産地消ではないでしょうか。

私たちがそうした道を切り開いていけるかどうか、市民の認識にかかっています。

「守ろう種子、育てよう食文化」シンポジュウムの講演より (2002/11/7)

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