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2007年09月

農地法改正―「耕作者主義」から「利用」へ転換、企業参入を促す
 8月24日新聞報道によると、農林水産省は、企業の農業参入を促進するため、株式会社などによる農地の借り入れ制限を原則撤廃する方向で検討に入ったという。耕作者自身が農地を所有することを原則とした農地法の規定を修正する方向で、来年の通常国会に同法改正案を提出する見通し。

 戦後の農地制度の基本理念だった「耕作者主義」を放棄し、農地の賃貸借などによる「利用」を重視した法体系に転換して、企業農業などに農地が集まりやすいようにする。また、企業が安定して農業経営をできるように、農地を20年程度の長期にわたって借りられる定期借地権制度も導入する。さらに農業参入を希望する企業などが農地に関する情報を簡単に手に入れられるよう、都道府県ごとに「農地情報センター」を設置。現在は市町村の農業委員会や農協などがバラバラに管理している農地に関する情報を一元管理し、農家が貸し出しや売却を希望している農地について、全国にインターネットなどを通じて公開する。また、新たな取り組みに必要な費用を、「農地政策改革関連総合対策」として200億円規模で08年度予算概算要求に盛り込む。

 この改正は企業農業促進のため、企業の農地借り入れ規制を撤廃し、企業が求める効率的経営の要件である農地集積を実現させるためのもの。企業はまずは借り集め、将来には取得というシナリオなのかもしれない。

 戦後の農地改革は、戦前からの大地主による土地所有を解体し、小作農の大半を自作農に変えた。これを受けて1952年に制定された農地法は、立法目的を定めた第1条で「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認め」るとした。農地の貸し出しには、面積制限など厳しい規制がかけられている。

 農水省は財界の声を受け、農産物自由化の国際競争下で規模拡大による効率化を図ろうとしてきたが、農地を手放すことへの農家の抵抗感は強く、所有権の移転による農地集積は成功しなかった。

 今回、農地法改正の理由に農家の高齢化、農家人口の減少による耕作放棄地をなくすことなどがあげられている。しかし、もっぱら条件不利地が耕作放棄されているのだから、効率化を求める企業が耕作放棄地に手をだすことはなく、企業の農地利用と耕作放棄地解消は簡単には一致しない。

 ただ、危機的な食料自給率の回復や食糧安全保障のためには、日本の農地を目いっぱい利用し尽くすことが、今、求められているのはそのとおりだ。しかし、農地貸し出し条件緩和や情報提供などの支援策は企業にではなく、個人農家や就農希望者に対してこそ、行われるべきだと思う。

 それは、第一に、農地を含む地域の環境整備保全はそこに住み続ける人たちが担うからだ。再生産と持続的利用のために共同で水路の掃除や山の管理などに汗を流す。しかし、多国籍企業の行動に見るごとく、企業はもっとも利益が上がる形で利用し、水や空気、土壌などへの汚染コストは負担せず、収益が下がればそこを捨てて他所へ移ってしまう。後には一体なにが残るだろう? そして第二に、地域経済において個人農家が得た収入は地域で消費に回り、地域経済を支える。しかし、企業の場合利益は本社へ回って、新たな投資先へ使われる。

 おそらく企業農業は資本力による大規模施設栽培などで高付加価値農作物(はしりや高級果物など)や、外国人労働者を投入した有機認証農産物などに特化した生産を行うようになるのではないか。そのうち食品加工工場も建設できるようになるかもしれない。

 戦後農政の根本を転換するこの農水省改正案は、財界の調査研究機関(社)日本経済調査協議会の提言を踏まえている。

 昨年5月発表した同協議会の最終報告「農政改革を実現する」では農地について所有と利用の権利を分離し、長期安定利用のシステム確立や、他産業・異分野の農業参入促進を図るための新たな農地関連法制度(農家に農地を吐き出させるため)の準備が急務だと提言しているのだ。

提言骨子
(1) 宅地並みに長期の農地定期賃借権の制度化
(2) 農業委員会を中心とする農地の権利移動と転用の統制制度を市民等による確認制度に改めること
(3) その制度の事前許可制を事後確認に改めること
(4) 転用期待を排除するためゾーニングを強化すること
(5) 農民の所有している農地への課税の強化
(6) 食品・外食産業など企業の農業参入、つまり農地の権利取得の自由化

 また、グローバル化に対応して積極的に農産物や農業の「関税引き下げや国内保護の削減」を進めることや、外国人農場労働者の受け入れを急ぐべきとし、外国人労働者を使う企業農業経営を提案。企業には外国企業も含まれるだろう。

 地球規模で食糧不足や穀物価格高騰の時代が現実にひたひたと迫っているのに、財界の描く農業売り渡し政策のシナリオを進める政府与党よ、農水省よ。これは愚策の極み、亡国の道だ。この道を進めば、いずれ食糧争奪のためにアジアへ軍隊を出すことだって起こるだろう。満州事変の二の舞、いつか来た道。企業による新たな多国籍活動としての農業・食料生産、そのための農地の明け渡しが農地法改正の脅威の理由だ。
2007年09月24日更新
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【書評】『食糧争奪』柴田明夫著(日本経済新聞出版社・一八九〇円)
『国際フードシステムの内実に迫る』
 柴田明夫氏は丸紅経済研究所所長の職にある。国際商品市況の動向分析等から、食糧は逼迫と価格高騰が迫りつつあると警鐘を鳴らす。
現在、穀物価格が騰勢を強めている。頭打ちの穀物生産量、それを上回り続ける消費量、それは人口増や経済成長著しい中国・インドなどの穀物消費の爆発的増大、近年の食糧作物を原料とするバイオエネルギーの急増が要因となっている。気象変動により、ごく限られた穀物輸出国での大かんばつや水資源の激減が減産要因に加わる。
 小麦、大豆、トウモロコシ、コメのそれぞれの逼迫の要因を輸出国、輸入国双方の内情に迫って解説される。豊富な情報・資料の分析に基づく食糧争奪の近未来予測に戦慄させられる。穀物在庫を大幅に取り崩している中国が外貨保有高世界一の購買力を有すること、穀物逼迫の構造変化に対応して穀物メジャーが展開する国際戦略にも驚かされる。
 グローバリゼーションで平準化した市場はまた感染症などのリスクと影響を瞬時に広げる。ミツバチが米国を始め、各国で消失している事は人災を含めた環境異変を人類に突きつけ衝撃的である。多面的切り口で繰り返し指摘されるのは、まったなしの世界の食糧の実相だ。
 では、この事態に日本はどう対応すべきなのか。世界貿易機関(WTO)の動きなどが解説され、技術革新やアジアでの飼料用コメ生産、アジア共同備蓄などが提起されている。
 逼迫を念頭におけば、大規模農家に支援を特化する政策やアジアでの飼料生産には異論がある。また、遠くでの備蓄よりも有効な国内備蓄制度を、諸外国に学び構築すべき時ではないか。
 著者によると、日本の食は国内農業から離れた国際フードシステムに組み込まれた食と、国内農業と結びつく食に二極分化しているという。食糧安全保障からも国内農業と結びつく食の拡大が望まれる。さらに環境保全的農業による地産地消の自給圏を作ることが、答えになるのではないだろうか。(時事通信9月8日配信)
2007年09月15日更新
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