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種苗法改定で農家の自家増殖禁止へ


農家の自家増殖を禁止した改定案

3月3日に閣議決定された農家の自家増殖を禁止する種苗法改定は、批判の高まりで今国会での審議は見送られ次期国会に持ち越されました。

これは農家の自家増殖を禁止することで多国籍種子企業の種苗占有に道を開き日本の農業、食料、そして食料安全保障に多大な影響を及ぼすものです。なんとしても廃案にしなければなりません。

種苗法は新品種(登録品種)の開発者の知的財産権を守るための法律です。新品種の育成者は、品種登録して育成者権を取得すれば登録品種の種苗、収穫物、加工品の販売等を一定期間独占できます。登録品種は育成者権者の許諾を得なければ利用することはできません。許諾を受けた者は契約の範囲で登録品種を利用するか利用料を支払うことになります。ただし、農家が自分の農地で再生産するための自家増殖は例外として認められ、育成者の権利は及びませんでした。ところが改定案はこれを180度転換し農家の自家増殖を禁止することにしたのです。

育成者権の効力が及ぶ範囲の例外を定める自家増殖に係る規定の廃止

1. 育成者の意思に応じて海外流出防止等ができるようにするための措置
(2)自家増殖の見直し
   育成者権の効力が及ぶ範囲の例外規定である、農業者が登録品種の収穫物の一部を次期収穫物の生産のために当該登録品種の種苗として用いる自家増殖は、育成者権者の許諾に基づいて行うこととする。
(「種苗法の一部を改正する法律案」の概要から)

種苗法改定は目的として日本で開発された優良品種の海外流出防止をうたっています。これまでにぶどうの「シャインマスカット」やサクランボ「紅秀峰」、いちごの「紅ほっぺ」など優良品種の海外流出が問題になっていました。海外流出防止は必要だと誰もが思うでしょう。しかし、農家の自家増殖を禁止すれば海外流出が防げるのでしょうか。

なにより農水省自身が「種苗などの国外への持ち出しを物理的に防止することは困難」とし「海外において品種登録を行うことが唯一の対策」と述べているのです。育成者権は、国ごとに取得する必要があり、品種登録していない国では育成者権は主張できないからです。また、「日本の種子の多くは海外で採種されていますが、採種地から品種の流出を防ぐという観点からも権利化(種苗登録)は不可欠です」としています(海外における品種登録の推進について 2017年11月付け食料産業局知的財産課)。

海外流出防止という根拠は後付けであり、本当の狙いである農家の種取りの権利剥奪を正当化しているのです。

登録品種と一般品種

「植物新品種保護条約」(植物新品種保護国際同盟の仏語略UPOV(ユポフ)によりUPOV条約と呼ばれる)において登録品種の育成者権を保護するために参加国が国内法を整備することを定めており、これに対応して種苗法が制定されました。そしてUPOV91年改定条約において育成者の権利が大幅に強化され、対象はすべての植物に拡大され、育成者権と特許権の二重保護を認め、農家の自家増殖を原則禁止にしたのです。ただし自家増殖禁止は任意的例外(自国には適用しないことができる規定)として「自己の経営地において栽培して得た収穫物を、自己の経営地において増殖の目的で使用することができるようにするために、いかなる品種についても育成者権を制限することができる」ことから、日本政府は、育成者権の及ばない例外として農家が登録品種を自家増殖することを認めてきたのです。しかし、ここにきて農水省はUPOV91年改定の農家の自家増殖禁止の原則に準拠する必要があると言い出したのですが説得力はありません。現行のままでUPOV91条約上問題はないはずです。

農産物の品種は一般品種と登録品種があります。一般品種は在来種、品種登録されたことがない品種(コシヒカリ、あきたこまち、ふじ、つがる、ピオーネ、二十世紀、桃太郎など)、品種登録期間が切れた品種(ひとめぼれ、ヒノヒカリ、はえぬきなど)に区分されます。(農業協同組合新聞2020年5月19日より)

農林水産省は、登録品種は10%だけで残り90%は一般品種で今まで通り自由に種取りできると農家の不安を消すような情報を出しています。一般品種の割合は、米84%、みかん98%、りんご96%、ぶどう91%、馬鈴薯90%、野菜91%とほとんどが一般品種だそうです。しかし野菜類は今ではほとんどが種取できないハイブリッド(F1種)の種子で、毎年農家は購入せざるを得ない種子なのです。それに企業の種子が主流になれば登録品種は増大していくでしょう。

また現行種苗法において農家の自家増殖原則自由の例外として自家増殖を禁止する品種リストがあります。これは栄養繁殖植物(根・茎・葉などの栄養器官から、次の世代の植物が繁殖する。挿し木、接ぎ木、ランナー、株分けなどで増殖できる)のうちリストアップされた登録品種は育成者権が及び許諾が必要です。この数年で、リストにあがる数は急激に増大(現在387種)しています。今回この禁止リストの数を拡大する姿勢から一転し、一挙に自家増殖そのものの禁止に持って行ったのです。

農家の自家増殖禁止で何が起きるでしょう?

登録品種を使う場合、農家は育種権利者に許諾料を支払って許諾を毎年得るか、許諾が得られなければ毎年全ての苗を購入しなければならなくなります。また収穫物や加工品の売り上げからも権利の利用料が求められる可能性があります。しかも改定案は侵害したと判定されると10年以下の懲役または1000万円以下の罰金という重罰を盛り込んでいます。

公的機関が開発した登録品種の場合、許諾料は農家にとって負担になるものではありませんでした。しかし、現在、種子市場は一握りの多国籍種子企業により寡占化され、それによって種子の価格は値上がりを続けています。今後、これらの企業が日本で品種登録し、高額な許諾料を設定する事態が頻発しかねません。そうなると農家の大きな負担になり、日本の農業衰退に拍車がかかります。

これまでに日米貿易交渉(TPPや日米FTAなど)のもと、規制改革推進会議を窓口にして米国の多国籍企業の要求により日本の岩盤規制が次々と撤廃されています。

コメ、麦、大豆の公的種子事業を廃止して企業に明け渡すことになった「主要農作物種子法廃止」、農業試験場など公的機関が維持してきた遺伝子資源(コメなど穀物の多様な種子)や育種技術・知見を企業に譲渡、移転させる「農業競争力強化支援法」の施行、そしてとどめが農家の自家採種禁止なのです。これにより公的種子や農家の手にある種子を企業の種子にすべて置き換えることができ、多国籍種子企業の種子の占有、支配が可能になるのです

自家増殖禁止を望む多国籍種子企業

バイエル/モンサント、ダウ・デュポンなどの多国籍種子企業は現在、ゲノム編集による種子開発に力を入れています。彼らはゲノム編集作物は遺伝子組み換え(GM)作物ではないとして安全性評価や表示不要を主張。しかしEUはゲノム編集は遺伝子操作によるものであり、GM作物同様の安全性評価や表示、トレサビリティを義務付けました。一方米国では彼らの主張どおり、規制なしで流通が始まっています。米国のトランプ大統領は昨年6月大統領令でゲノム編集やGMの輸出拡大を命じており、日本政府は、これに迎合するかのように昨年末、ゲノム編集作物・食品について米国同様に安全性評価なし、表示なしの無規制を決めました。EUで締め出された多国籍種子企業が日本での販売に乗り込んでくるのも時間の問題なのです。

ただ多国籍種子企業にとって問題なのはゲノム編集種子は自家採種が可能なことです。特許種子であるGM種は契約で農家を縛り、自家採種を禁止し特許料を上乗せした高い種を毎年購入させることができ、大きな利益をもたらしてきました。ゲノム編集種子の場合、品種登録をしても農家の自家採種を認める種苗法のもとでは、GM種のような大きい利益を得るのは難しいのです。そこで、自家採種の禁止が必要と考え、この要求が米国から伝えられた日本政府は、ゲノム編集種子が輸入されるまでにと、急ぎ自家採種禁止の実現を目指したのかもしれません。

多国籍種子企業が狙う最終ゴールは農家が購入できるのは登録品種のみにしてしまうことかもしれません。EUではすでに販売種子は登録品種に限られています。ただし、小規模農家には許諾料の支払いなしで使用できる特例が設けられています。そして、強い批判により、昨年、有機種苗については登録品種でなくても販売を認めることになりました。また在来種への特許を禁止する裁定が先ごろ出ています。

農水省は自家増殖禁止は世界のスタンダードであるかのようにいいますが、米国でもEUでもその国に重要な作物は例外として自家増殖を認めています(表)。日本のように国民の命綱である穀物までも企業に明け渡し、例外なしで一律に自家増殖を禁止するような国は他にはありません。

主要先進国における登録品種の自家増殖の扱い

在来種を守れ!

今回の改定では、新品種の持つ特徴を記した特性表により「登録品種と特性により明確に区別されない品種」であると推定された場合、品種登録権が及ぶことになっています。

これまでは種苗法違反は裁判所において、農家が実際に育てたものと提訴した人のものを植えてみて違いがあるかどうか、現物で比べていました。改定では、特性表で「同じもの」と推定することで種苗法違反を簡単に判定できる制度になって育成者権の違反を訴えやすくしています。しかも品種は特性が変わっていくから特性表を企業は修正でき、一方的に企業有利になっているのです。

種苗会社は、在来種をもとに新たな特性を付与して育成したものを登録品種とする流れが進んでいます。登録品種が在来種をもとに作られていれば類似性は大なり小なりあるはずです。その在来種を守り育ててきた農家が、育成者権者から権利を侵害されたと提訴される可能性が高くなります。そうなれば、農家は委縮し種取りを止めるでしょう。その結果その種は絶え、品種の多様性は失われることになります。

在来種の種取りをしているのは有機農家が多いですが、彼らが将来にわたって不安なく種取を続けられるためには、在来種には無条件で、育成者権の効力が及ばないよう在来種を保護する法律が有機農業を守るためにも必須なのです。

そもそも種子は企業が無から生み出したものではありません。種子は営々と農家の種取りによって地域に適した品種が引き継がれてきました。多国籍企業がその種子を使って開発した種子に分不相応の権利を主張するのは正義に反します。農家の種取りは自然権と言え農民の種子の権利は育成者権より上位にある基本的権利であると思います。

農家による自家増殖が重要な役割を担っているとしその権利保護を重要視しているのが世界食糧農業機関(FAO)の「食料・農業植物遺伝資源条約」です。日本はこの条約に2013年に加入しているのです。

種を握る者は食料生産を左右でき、農家の手に種がなければ、その国の独立も民主主義も危うくなります。気象変動やコロナ禍で食料輸出制限が起きるような世界において、少数の多国籍種子企業のGMやゲノム編集を含む限られた品種に依存することは、食料安全保障をあきらめることなのです。多様性のある在来種を保全し、企業の利用を制限する、そして農家の種取の権利を守ることです。

日本の種子を守る会によれば、最近では世界で伝統的な在来種を守るための法や条例への関心が急速に高まりつつあり、韓国ではすでに17の地方自治体が在来種の保全・育成条例を、33の地方自治体がローカルフード条例を制定し、地域に存在する種苗を育成することを支援し、その種苗で作られる食を活用する政策が進められているそうです。

(2020/08/04 『文化連情報』2020年7月号「私たちは何を食べているのか3」より転載加筆)

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