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体細胞クローン家畜は食卓に上るか?―厚労省が食品安全委に諮問


体細胞クローン家畜は食卓に上るか?―厚労省が食品安全委に諮問 厚生労働省は4月1日、体細胞クローン技術で生まれた牛や豚の肉や乳の安全性について、食品安全委員会に諮問した。米国食品医薬品局(FDA)が今年(2008年)1月に体細胞クローン牛家畜の肉類、乳製品は、食用として安全であると評価したことを受けて、今後輸入される事態を視野に入れた国内法整備のためと思われる。

食品安全委員会は米国BSE(狂牛病)牛の対応以来、その独立性には疑問符がつく。いずれ政府の意向を反映したお墨付きを与えて流通を認めるのではないか。

これまでに農林水産省は02年に「動物に食べさせる実験では一般の牛と差がない」との報告を、厚生労働省の研究班は03年に「食品としての安全性が損なわれることは考えがたい」との報告を公表。今回の諮問に先立ち、農水省の畜産草地研究所は米国の動きに合わせるかのように、「クローン牛の乳や肉は一般牛と差異はない」との報告書をまとめた。畜産草地研究所はクローン牛から生まれた牛の栄養成分やアレルギーなどを調べて、一般牛と比較し、問題は見つからないとしている。

しかし、部分比較でよしとするのは拙速であり科学的評価とは言いがたい。通常の有性生殖を経ずに生まれる、自然界では存在し得ない人工的に生み出された実験動物であり、その安全性は全体的観察、長期的試験が必要で、長い時間をかけなければわからないものだ。

すでに流通している受精卵クローン牛

クローン技術には受精卵クローンと体細胞クローンがある。

日本では受精卵クローン牛の肉や牛乳はすでに流通している。そのことを知っている人は少ないのではないか。表示がされていないからだ。受精卵クローン牛は、1990年8月に我が国で初めて誕生して以来、これまで43機関で707頭が出生している。食肉として出荷されたのは1993年からだ。牛乳も1995年から出荷されている。出荷の事実がばれたあと、農林水産省は2000年3月に「表示は任意」とし、任意表示する場合は「受精卵クローン牛」または「Cビーフ」とすることを決めた。しかし、任意であれば、メリット表示でないかぎり、業者は表示をするはずがない。消費者をばかにした話だ。

数年も前だが、クローン牛の研究者と対談したとき、出荷するのはおかしい、クローンは実験中の動物なのだから、最後まで飼育し、観察する必要があるではないかと糾したことがある。それに対し、「安全なものだし、ネズミと違って経済動物だから」との回答には唖然とさせられた。安全かどうかは科学的に充分な研究の裏づけがあって初めて言えること。

受精卵クローンは取り出した受精卵が分裂して16〜32細胞期になったときバラバラにして(割球)、遺伝子を取り除いた別の未受精卵に割球を挿入し、電気的に細胞融合を行った後、他の牛の子宮を借りて目的の牛を産ませる。割球の遺伝子はみな同じなので、生まれた子牛同士は一卵性双子(兄弟姉妹間のクローン)と同じだから安全だという。しかし、自然の一卵性双子とまったく同じとはいえない。別の固体の未受精卵を使用すること(卵の核の遺伝子を取り除いても、ミトコンドリアにも遺伝子があり、割球の遺伝子とのなんらかの不和合の可能性)や、体外での人工操作などの影響は不明なのだ。科学的に安全を確認するには、生涯飼い続け、普通の牛との比較を行い、また次世代、さらに先の幾世代かにわたる長い時間が必要のはず。それが経済性つまり飼料代が嵩むから、売れば100万を越す収入になるというような理由で、実験中の動物を人々に食べさせるという発想に驚く。

ちなみに707頭出生したうち、205頭(28%)が死産、生後直死、病死している。一般に飼育されているホルスタイン種の死産等の割合は5%くらいだからその異常死率は高い。また売却されたのが374、このうち食肉として処理されたことが確認された頭数306、不明63、農家等で飼養中5となっている。不明が63もいるのは出荷後のフォローがきちんとされていない証左だ。受精卵クローン牛の食肉や内蔵や乳が市場に出荷されていることをもっとマスコミは伝え、批判すべきと思う。クローンであることを見分ける術がないのに流通させ、表示もないのだ。

体細胞クローン牛

今回の諮問はこれまで慎重だった体細胞クローンを解禁しようとするものである。受精卵クローンの場合、精子と卵子からの遺伝子が混じるため、目的とする優良な牛の固体の純粋なクローンは作れない。そこで受精卵ではなく、体細胞を利用するのが体細胞クローンだ。核を除いた卵子に複製したい動物の体細胞を核移植して「初期化」すると、受精卵のような細胞ができる。これを代理母の子宮に入れて育て出産させる。体細胞クローン牛は体細胞を提供した牛と同じ遺伝形質を持つ。

生殖細胞は分裂してあらゆる器官になる全能性があるが体細胞にはない。細胞分裂が進み、臓器や組織などに分化が進んで、ほとんどの遺伝情報が休止した状態になっているのが体細胞だからだ。それを全能性のある受精卵と同じ状態にまで戻す「初期化」が人工的に行われる。しかし、初期化されたように見えても一部の遺伝子が初期化されないで器官が正しく作られず胎児の死亡率が異常に高くなっているのではと推測されている。また過体仔といって巨体で生まれる例が多い。通常の2倍もの大きさで生まれ母牛は死亡してしまう。体外での操作の時間が影響しているのではと推測されている。

1996年クローン羊「ドリー」の誕生を機に、さまざまな哺乳動物で作出されてきた。このドリーで明らかになったのは老化が早いことだ。

我が国においては、体細胞クローン牛が1998年7月に世界で初めて誕生して以来、これまで累計511頭が出生(平成18年9月30日現在)している。このうち死産、生後直死、病死等が274頭で、54%と高い割合で異常死している。生存率が非常に低く、その原因は未解明だ。そのためこれまで出荷が自粛されてきた。それがクローン牛の子の肉やミルクの栄養成分やアレルギーなどを調べて、一般牛と比較し、問題はないと発表したのだ。背骨が曲がったハマチの肉も、普通のハマチと肉の成分が同じなら食べて安全と言うようなもの。

安全性のみならず、動物福祉、倫理の面からも問題性は大きい。また表示なしでの流通はもってのほかである。(「いのちの講座 51号」から転載)

<参考>農林水産省がまとめた平成18年9月30日現在の家畜クローンの研究の現状(pdfファイル)

(2008/04/28)

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