タイトル 「食政策センター・ビジョン21」主宰の安田節子公式ウェブサイト/
リンクは自由です(連絡不要)/お問い合わせは管理者まで

安田節子ドットコム

 

2013年04月

「ISD条項」の危険性―国家が多国籍企業に統治される!?
◆ISD条項を知らずしてTPP参加は語れない
TPPの交渉分野に「投資家(企業)対国家の紛争解決」という条項があります。英文Investor State Dispute Settlementの頭文字をとって、ISDS条項またはISD条項と呼ばれています。

二〇一一年十一月の参議院予算委員会において、ある議員からISD条項への対応を問われた野田総理は「寡聞にしてそこを(ISD条項を)詳しく知らなかった」と答弁しました。しかし、これを知らないでTPP交渉参加を口にする資格はないと言えるほど、ISD条項はTPPの本質を表わす危険な条項なのです。

◆国際的批判を浴びた「多国間投資協定」の復活と同様
ISD条項には、外国投資家が国内投資家と同等の待遇を受けられるようにする義務(内国民待遇)や、外国投資家に一番よい貿易条件を約束すること(最恵国待遇)、国や公共団体が、公共目的のために強制的に権利を取り上げること(収用)を制限できる権利などが盛り込まれています。これらを根拠に、外国投資家が規制で損害を受けたとみなせば、当事国を相手取って国際仲裁機関に提訴することができます。

これは一九九〇年代半ばに国際的批判を浴びて葬られた「多国間投資協定」(MAI)の復活といえます。MAIは、進出企業に対する内国民待遇や最恵国待遇を国家に義務付け、絶対的自由を保障し、「投資の保護」の原則で外国人投資家に相手国政府を提訴できる権利を与えるというものでした。各国からの批判に遭い実現しませんでしたが、このMAIと同様にISD条項の提案者はアメリカなのです。アメリカはアメリカが締結したすべての二国間投資協定(米豪FTAを除く)にISD条項を盛り込みました。今年発効した米韓FTAにも盛り込み、韓国では市民から「毒素条項」と強く非難されています。

ISD条項に基づく紛争件数は一九九〇年代以降激増し、その累積数は二〇〇を越えています。ほとんどがアメリカ企業による相手国政府への訴えです。アメリカ以外の国の企業からアメリカ政府を提訴した事例はこれまでわずか一五件しかありません。そのなかでアメリカ政府が負けた事例はゼロです。アメリカという覇権国家の力をバックに、アメリカに本拠地を置く多国籍企業が利益を得るための条項にみえます。

◆北米自由貿易協定におけるISD条項の提訴事例
北米自由貿易協定(NAFTA―加盟国アメリカ、カナダ、メキシコ)での訴訟事例を一部紹介します。

⇒国が有毒物質の使用を禁止したら訴えられた
ガソリンの添加剤であるMMTという神経性有毒物質の使用を禁止したカナダ政府に対し、アメリカの燃料メーカーが三億五〇〇〇万ドル(約二七五億円)の損害賠償を請求(カナダ政府が和解金を支払い仲裁が取り下げられた)。

⇒国が水資源を守ろうとして訴えられた
水の大量輸出を禁止したカナダのブリティッシュコロンビア州政府に対し、アメリカのエンジニアリング会社が四億ドル(約三一五億円)の損害賠償を請求(係争中)。

⇒国が環境汚染を食い止めようとして訴えられた
メキシコで産業廃棄物の処理を行なうアメリカのメタルクラッド社は、メキシコ政府から環境が汚染されるとして廃棄物処理の認可を取り消された。これに対して提訴し、結果、メキシコ政府が損害賠償として同社に一六七〇万ドル(約一三億円)を支払った。

⇒国が危険な農薬の使用を禁止したら訴えられた
アメリカ農薬メーカーのケムチュラ社は、カナダ政府が、健康および環境への影響を理由に農業用殺虫剤リンデンの使用を禁止したことで農薬ビジネスを終了させられたとして提訴(訴えは棄却されたが、カナダ政府の主張は退けられた)。

◆アルゼンチンでは財政危機対策の政策が訴えられた
アメリカ・アルゼンチン投資協定においても次のような事例があります。アルゼンチンで民営の労働災害保険を運営するアメリカの保険会社(コンチネンタルカジュアルティ社)は、アルゼンチン政府が財政危機への対応としてとった政策(財産の国外移転の制限、通貨の切下げ、国債の債務返済繰り延べ)が経済的な損害になったとして提訴。アルゼンチン政府はこれらの対策は条約の適用外にあたると主張し、裁判では、その主張は正当と認めながらも、補償として保険会社へ二八〇万ドル(約二億二〇〇〇万円)(および付帯する利息)の支払いを命じました。

◆エクアドルでは先住民の土地開発反対が訴えられた
アメリカ・エクアドル投資協定では、アメリカの資源開発企業(バーリントン・リソーセス社)はエクアドルの現地の先住民の反対により計画していた探査活動が阻まれたことに対し、エクアドル政府が自社の投資保護を怠ったと提訴しました。この件は、先住民と投資家それぞれの権利と、それらに対する政府の責任に関して重大な問題を投げかけています。現在も係争中です。

◆オーストラリアではISD条項を拒否
米豪FTA交渉では、アメリカはオーストラリアにおける医薬品給付制度に基づく低薬価措置や輸入食品の検疫措置、遺伝子組換え食品表示などの法令や政策に対し、ISD条項を規定するように求めました。これに対し、オーストラリア国民による反対運動が巻き起こり、結果、ISD条項は協定の最終合意から除かれたのです。こうした経緯からオーストラリアはTPP協定においてもISD条項を規定することに反対しています。

◆法外な賠償金請求と裁判費用が政府の足かせに
TPP協定では、公衆衛生、安全、環境、不動産価格の安定など、正当な公共福祉の保護のために政府が立案・施行した規制が、ISD条項の企業保護に違反するとみなされうるのです。企業からの法外な賠償金請求は、政府が行なう規制の立法化を抑制する圧力として作用します。実際、カナダではタバコのパッケージに健康被害を明示する法案がこの圧力から提出されませんでした。

また、高額な裁判費用も政府の規制措置を抑制する脅しになっています。二〇〇五年の国際投資紛争解決センター(国際仲裁機関)の発表では、投資家・国家間紛争で企業が支払った仲裁費用・弁護士費用は四〇〇万ドル(約三億円)。政府側は平均して仲裁費用に四〇万ドル、弁護士費用に一〇〇万〜二〇〇万ドル(約八〇〇〇万円〜約一億六〇〇〇万円)かかっています。敗訴者に全額負担させた例もあり、裁判費用だけでも何億円単位の負担がありえるのです。

◆多国籍企業を国家よりも強くする「治外法権」
以上の例でみてきたように、日本がTPPに参加した場合、日本の国民保険、医療、環境、遺伝子組み換え表示、食品安全基準などがターゲットになる可能性があります。また日本の電波法で放送事業の外国人株主比率は二〇%以下とする制限がありますが、これに対する異議申し立て訴訟が起きると懸念されています。テレビを通して国民の洗脳も可能になるかもしれません。

ISD条項は、外資(多国籍企業)を国家と対等の地位にのぼらせ、国際法廷を介してその国の法律・規制・行政手続きを超える力を持ち、気に入らない法規に罰則を課す規定といえます。まさに各国の主権と民主主義を侵害することを認める「治外法権」です。

巨大製薬企業の特許枠を拡大し医薬品のコストを上げたり、参加国に厳しい著作権法を採用させたり、各国の金融規制を制限して高リスクの金融商品の販売を禁止できなくすることも可能です。また、水など資源採掘の規制や地場産品・国産品を推奨する政策、環境や人権を配慮する商品も自由貿易を阻むものとして提訴の対象とされかねません。

ISD条約を盛り込んだTPP協定は、貿易協定という外見をとりながら、実は企業の新たな権利と特権を保証し、企業による統治に強制力をもたせるしくみが仕込まれています。日本の財界が賛成するのも大企業に特権的利益をもたらすからです。公表したら市民の反対が湧き起こる内容だからこそ協議は秘密裏に進められているのです。(2013/04/20 『現代農業』TPPで私たちの暮らしはどうなる? 第3回(全3回)より転載)
2013年04月20日更新
▲最上部へ戻る
「食の安全」崩壊の危険性―食品添加物、ポストハーベスト、有機農産物……
去年三月、アメリカ政府は、日本政府に対して規制緩和などを求める新たな要望リストを送り付けてきました。「日米経済調和対話」というものです。あらゆる分野にわたり事細かな要求が書かれており、これがTPP(環太平洋経済連携協定)交渉の二一分野と重なります。

要求されていることを精査すると、アメリカが何を求めているのか明らかになってきます。日本政府はその要求項目を受け入れる義務はありませんが、TPPに参加すればこれを強制的に受け入れさせられる状況になると思います。

◆アメリカは日本では認めていない食品添加物を認めさせたい
この要望リストの中では、食品添加物についても触れられています。アメリカなど輸出国が使用する添加物で、日本では認めていないものを早く認めろと言ってきています。加工食品などを輸出する際、自国で使っている添加物が日本で認可されていなければ輸出できないからです。

日本で認可している食品添加物は約八〇〇品目、対してアメリカは三〇〇〇品目あります。すでに政府はアメリカからの指定要求に従って四六品目をリストアップし、次々と指定に取り組む有様です。政府の行政刷新会議は承認手続きの簡素化や迅速化のためのルール整備を行なうと発表しました。政府の顔はアメリカを向きっぱなしなのです。

日本には、食品添加物は体にとって異物であり、極力使用を制限すべきという国会付帯決議(一九七三年)があります。当初、政府は企業の申請で新しい添加物をひとつ認可すると、使用実態のなくなった添加物をひとつ削除して増やさないようにしていました。しかし、加工食品の輸入が増大するなかで、添加物の認可申請も増えていきました。

さらに、中国から輸入した岩塩にフェロシアン化ナトリウム(固結防止剤)が見つかったのがきっかけで(二〇〇二年)、企業からの申請なしに政府自ら認可していくようになりました。フェロシアン化ナトリウムは未承認添加物。本来なら、輸入禁止措置をとるべきところ、欧米からの輸入食品にもこれが使用されていることがわかり、輸入をストップすれば貿易問題になるとあわてて認可したのです。

その後政府は、政府自ら輸入食品に使用される食品添加物のデータを集め、どんどん認可するようになりました。今でさえ食品添加物の数は懸念されるレベルなのに、TPPに参加した場合、加盟国の中で際立つ食料輸入国の日本では、輸出国が使用する添加物をすべて認めざるを得なくなります。認めた添加物は、当然国内食品での使用も認められます。その結果、大量の添加物の取り込みが、私たちの健康、とくに子どもにとって大きな影響が出ることが心配されます。

添加物は、一品目ごとに安全性評価がなされて使用基準が決められているので、食べても安全とされています。しかし実際は、一つの食品の中にいくつもの添加物が含まれているうえ、いくつもの食品を同時に食べます。しかも一日に何度も食べます。体内に入った複数の添加物の複合毒性、相乗毒性は調べられていません。

イギリスの実験では、添加物の保存料と合成着色料を一緒に取り込むと、子どもの多動症を引き起こすことがわかりました。日本では今、多動症が増えています。このようなことがひとつの要因かもしれません。

◆アメリカはポストハーベストを認めさせたい

⇒日本の法律では禁止されている
要求リストの中では、ポストハーベスト農薬についても触れています。農作物を収穫した後に使用する農薬です。アメリカから作物を輸出するときは、米でもトウモロコシでも船底にバラ積みにします。長い輸送距離のため、作物には当然カビが生えます。芽も出るし、虫もつきます。このようなロスを防ぐために一番手軽で安いのが殺菌剤や殺虫剤などの農薬を直接かけることです。

日本では、このポストハーベストを禁止しています。農薬を生産中に使う場合と収穫後に使う場合とでは残留量が全然違うからです。生産中に散布した農薬は雨などで次第に流れ落ちます。農薬使用については収穫△日前は使用してはいけないというルールもあります。ところが、収穫後、雨に当たらない倉庫や船底などに入れて農薬をかければ、ものすごい残留量になり、それが消費者の口に入ることになります。人体に与える影響が大きいので法律で禁止されているのです。

⇒殺菌剤を食品添加物とした
こうしたポストハーベスト農薬を使用するアメリカの農産物がどんどん輸入されるようになったとき、厚生労働省はどのように対応したのでしょうか。一九九三年に新残留農薬基準を施行して、ポストハーベスト農薬の残留を許容する緩い残留基準値を設定したのです。

それだけではありません。牛肉・オレンジの自由化のとき、アメリカから輸出されたレモンに、日本では使用禁止のポストハーベスト用殺菌剤が見つかりました。日本政府はこれを違法としてレモンを積み戻し処分にしたところ、アメリカは貿易障壁だと激怒しました。そこで日本政府は、その殺菌剤を食品保存のための防カビ剤として食品添加物に指定し、使用を認めたのです。

食品添加物の場合は、表示義務があるので段ボール箱にはOPP、TBZ、ジフェニール、イマザリルなど、いろいろな防カビ剤の名前が書かれています。しかし、ばら売りになると表示義務はありません。消費者の目にはなかなか触れません。日本政府は国民にこのような方便を使ってきたのです。

しかし、アメリカにとってはこの食品添加物の申請や表示すら鬱陶しいのです。そこで今回、「日米経済調和対話」の中で、ポストハーベスト農薬使用そのものを認めなさいと言ってきました。面倒な申請や表示をいっさいなくすためです。そうなると、国内でもポストハーベスト使用が認められるようになり、私たちが食べる食品は農薬だらけのものになる危険性が出てきます。

⇒アメリカの残留農薬基準は日本の何十倍も緩い
日本では残留農薬基準が設定されていない農薬については、一律〇・〇一ppm以下でなければならないと決めています。ところがアメリカにとっては、この規定も鬱陶しいのです。〇・〇一ppmでは厳しいので、輸出国の(総じて緩い)基準を認めなさいと言ってきています。

たとえばアメリカンチェリー。これに使用基準のある殺菌剤のキャプタンは、日本の基準では五ppmですが、アメリカの基準では一〇〇ppm。二〇倍緩いのです。米に使用する殺虫剤のマラチオンの場合、日本は〇・〇一ppmですが、アメリカでは八ppm。八〇倍です。

TPPに参加すれば、このようなアメリカ基準をすべて認めることになるでしょう。関税撤廃で米をはじめ安い農産物がどんどん入ってくれば、食料安全保障が脅かされるだけでなく、安全面での問題も脅かされる。このようなことも知っておく必要があります。

◆有機農産物の基準を緩めさせたい
「日米経済調和対話」では、有機農産物の基準についても触れています。文面には「有機農産物に使用される生産資材の環境安全性評価に、科学に基づいた基準を適用する。有機農産物の貿易の強化を目的に現行の残留農薬規制を修正する。さらに両国市場において有機農産物の表示に取り組むために協力する」とあります。

具体的にどういう要求なのか分かりにくいですが、アメリカでは今、有機農産物市場が拡大しています。グローバリズムのコスト競争の果てに食品の品質が落ちてしまったと感じる人々が、有機農産物を求めるようになりました。そうした流れを見て、大手企業が儲けの手段として、これに参入しようとロビー活動をしています。このような企業が有機農産物の基準や規制を緩めようとしている、とアメリカの有機生産者たちが警戒しています。合成栄養補助剤投与、過密飼いの有機鶏肉、防腐剤の亜硫酸塩入りワイン、ナノテクノロジー利用などを有機産物として認めるよう要求しているそうです。

「科学に基づいた基準」という部分に注意が必要です。使用できる農薬の拡大や遺伝子組み換えの容認も密かに狙っているかもしれません。アメリカ議会でこのようなことが通ってしまうと、TPP加盟国でも同じように認めざるを得なくなってきます。

TPPでは、国際規格や輸出国基準に合わせるように強制されるからです。そうなれば食料輸入国日本の食品安全は大きく後退します。日本は消費者運動などにより、世界でも厳しいといわれる食品の安全基準を築きあげてきました。それが自由貿易協定によって、とくにTPPでは、後退どころか崩壊させられてしまう。国家の主権、国民の主権を踏みにじるとんでもないことです。(2013/04/18『現代農業』TPPで私たちの暮らしはどうなる? 第2回(全3回)より転載)
2013年04月18日更新
▲最上部へ戻る
医薬品にもタネにも影響 「知的所有権」乱用の危険性
◆TPPは多国籍大企業のための究極の自由貿易
いま、日本は、三・一一に続いてTPPと、国難に次ぐ国難に直面しています。私はTPPというものを究極の(最悪の)自由貿易協定と捉えています。TPP協定がめざす、グローバリズムの行く着く先は何なのか、結局誰が得をする世界なのかということを、皆さんに知ってほしいと思っています。

◆TPPは多国籍企業のための究極の自由貿易
アメリカという覇権国家の政権のバックにいるのが多国籍大企業群です。これらの企業の利益のために、あらゆる障害を取り払い、最大の利益を上げられるようにする。TPPには、そういう狙いが見え隠れしています。

TPPでは交渉内容を交渉担当官と利害関係者以外には秘密にすること、さらに協定締結後も(締結に失敗しても)四年間は秘匿するという合意があります。利害関係者とは各国の国民のはずですが、そうではなくて多国籍企業なのです。多国籍企業が盛んにロビー活動(合う政府に影響を及ぼす私的な政治活動)をしています。

私たち国民が判断のために必要な協議の具体的内容はベールに覆われたまま。日本政府は参加に前のめりですが、交渉内容は参加しなければわからないとうそぶいて、国民には明らかにしようとしません。なぜ秘密にするかといえば、大多数の国民にとって不利益になる内実がある。それが知られると反対されるので知らせない。そういうことではないかと私は思います。後ろ暗いことがないというなら、堂々と明らかにすればいい。

この自由貿易が目指すのは、一言でいうと「関税の完全撤廃」と「規制撤廃」の二つです。本来、物品の貿易には独立国家として関税自主権があります。国内の食料安全保障や環境を守るため、また基幹農業や地域経済などを守る当然の権利ですが、「関税の完全撤廃」とはそれを投げ捨てさせるものです。また、「規制撤廃」は、投資、金融、検疫衛生措置、知的所有権など、広い分野の規制をなくせと言っています。これはつまり、各国の規制が外資の輸出や投資の障壁になるなら撤廃させる、そして多国籍企業が自由に振舞うことができる世界に変えようというわけです。アメリカスタンダード(アメリカの基準)でし切っていくというわけです。

◆知的所有権の強化は大きな問題 ジェネリック薬が入手できなくなる
TPPには二一の交渉分野がありますが、その中に、「知的所有権の強化」があります。これは非常に大きな問題を孕んでいます。

まず、ジェネリック薬が出回りにくくなるという指摘があります。新薬を開発するときは大変な開発費がかかります。市場へ投入できるようになるまでは多くの臨床試験を経なければいけませんので、当然薬価は高くなる。ところが、その新薬の特許が切れると、同じ成分で同じ薬効の製品を他の薬品メーカーも作ることができます。開発費がかからないから安いわけです。これがジェネリック薬(後発医薬品)というものです。皆さんも病院に行ったとき、ジェネリック薬があるものについては「そちらにしてください」と言えば、薬価を安くすることができます。

アフリカなどの途上国ではエイズが蔓延していますが、エイズ治療薬をジェネリック薬としてインドが安く提供しています。それで途上国の人たちの命を救っているわけです。

なぜここでインドが登場するかというと、特許期間んは、国によって違いがあるからです。インドは一四年ですが、米国や欧州、日本などは二〇年。しかも、医薬品や農薬はさらに五年間延長を認めています。そこで元の薬を開発した欧米の製薬企業は、インドなど特許期間の短い(よってジェネリック薬が早く出回る)国に対して、二五年の特許期間を設けるよう圧力をかけてきました。「自分たちに都合のよい特許ルールを押し付けようとしてきたのです。

TPPでは、知的所有権の強化によって二五年をさらに延長させる可能性があります。そうすると、加盟国ではジェネリック薬が全然出てこなくなる。こういう大きな影響が懸念されているのです。TPPに参加すれば、日本でもジェネリック薬がでてこなくなり、薬価は高いものになるでしょう。

◆タネにも特許料、自家採種は認めない
遺伝子組み換え作物については知的所有権が認められ、そのタネの特許を取ることができます。そのうえ米国では、遺伝子組み換え作物以外の普通の作物のタネにも特許が取れるようになっているんです。特許があるものは、特許料を払わなければ使えません。種取りも違法となります。

アメリカのモンサント社はいまでは世界最大の種苗会社です。バイオテクノロジー企業でもあり、遺伝子を解析する特殊な技術を持っている。モンサントはジーンバンクに入ってタネを持ち帰り、遺伝子の解析をします。たとえば、アクがなくて生でも食べられるホウレンソウがあったとしましょう。すると遺伝子を解析してその特徴を作り出しているDNAの配列部分を特定し、その特定した部分の特許を取ってしまうのです。それによってその品種のタネそのものも特許対象となるのです。

ブラジルでは五百万戸の農家がモンサント社を相手に同社の要求する特許使用料の支払いについて法廷闘争をしています。ブラジルで生産される大豆の八五%がいまや遺伝子組み換え大豆で、その売り上げは二四一億ドル(約一兆九千億円)に上っています。同社は二〇〇四年産以降、特許使用料として売り上げの二%を徴収してきました。農民側はタネ代として特許料を払っているのに、これでは民間企業に税金まで徴収されているようなものだと支払い分の返還を求めています。

このように、米国流の特許で何でも押さえてしまおうという多国籍企業の思惑が強力に押し進められています。

日本では普通のタネに特許は認めていません。新品種を開発した人には育成者権が認められています。これは著作権みたいなものですが、それにプラスして、特許権も認めよという流れがある。アメリカやヨーロッパの大手種苗会社は、そういう考えを持っているのです。

今回もし、TPPで、アメリカンスタンダードが強制されるようになると、大きな問題が起こります。日本はアメリカのタネをたくさん買っています。特許法の違いから、現在は特許料の支払いを強制されることはありませんが、アメリカの特許制度を日本も守らなきゃいけない、となったら、「特許料を払いなさい」「タネ採りしてはダメ」ということになります。

◆家畜にも特許
畜産農家が自分の飼う豚の毛を数本切って遺伝子を解析してもらい、遺伝子の特許がかかってないか確認してから殖やす、というヨーロッパの映像を見たことがあります。後で特許侵害で訴えられたら、自分の豚を全部取り上げられて、収益も全部奪われてしまうからだそうです。

そもそも生物に特許を取ること自体がおかしいのです。そういう議論を先にしなければいけないのに、人々が知らないあいだに、生物特許が当り前の世界を作ろうとしているわけです。

◆農薬の使い方や医薬品の使い方にも特許!?
ところで、このあいだアメリカへ調査に行った民主党の議員団が驚くようなことを発表しました。アメリカは、農薬の使用方法や医薬品の使用方法も特許だと言っている、と。薬の成分についての特許ならわかりますが、飲み方とか、どれくらいの量を何歳の人にいつ飲ませるとか、そういうことまで特許の対象だとアメリカは言っているのです。巨大な農薬業界、医薬品業界の手前勝ってな要求を臆面なく出している。生活のあらゆる場面で知的所有権を乱用していくというか、そういう狂った世界を押し付けようとしていることが見えてくるわけです。

アメリカがはっきり言っているのは、TPPは、WTO(世界貿易機関)のTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)よりもっと強い協定を目指すということです。ここまで私が述べてきたような「知的所有権による支配」が、現実に起こる可能性があるのです。

(2013/04/15 『現代農業』2012年8月号 TPPで私たちの暮らしはどうなる? 第1回(全3回)より転載)
2013年04月16日更新
▲最上部へ戻る
[HOME]>[節子の鶏鳴日記]>「2013年04月ログ」

YasudaSetsuko.comAll rights reserved.