タイトル 「食政策センター ビジョン21」主宰の安田節子公式ウェブサイト/
リンクは自由です(連絡不要)/お問い合わせは管理者まで

安田節子ドットコム

 

2010年05月

鯨やマグロの水銀汚染
海に囲まれた日本列島に住みついた私たちの先祖は、縄文時代よりさらに3000年も遡る大昔から、鯨を獲って食べていたようです。貝塚で黒曜石の刺さった鯨の骨などが見つかっているからです。私もこの国に生まれた民のひとりとして鯨肉に対する特別に惹かれるなにかが、DNAに埋め込まれている気がします。戦後の食料不足の時代、学校給食で出された、あの鯨の竜田揚げ、こんなおいしいものがあるかしらんと感激しながら食べたものでした。これは単に育ち盛りのすきっ腹に動物性蛋白質がドーンといただけて幸福に満たされたということかもしれませんが。

給食に鯨が出された背景として、敗戦後の日本の深刻な食糧難に対し、GHQ(進駐軍=連合国軍最高司令官総司令部)により1946年から南氷洋捕鯨が再開され、捕獲されたたくさんの鯨肉が不足する栄養をまかなったことを後になって知りました。

さて、戦前の、主には鯨油を求めての大型商業捕鯨による世界的な乱獲が鯨を激減させ南氷洋のシロナガスクジラなどが絶滅の危機に瀕したことから、1946年に国際捕鯨取締条約が締結され、IWC:国際捕鯨委員会が発足しました。現在IWCが商業捕鯨を国際的に制限し、大型鯨類については捕獲頭数を決めて管理し、食用として捕鯨する日本・ノルウェー・アイスランドと原住民生存捕鯨枠によるアメリカ・ロシア・デンマーク(グリーンランド)の北極圏先住民族が捕鯨を継続しているにすぎません。あと、これとは別に沿岸捕鯨がほそぼそと行われているだけです。

2010年1月21日の報道によると鯨肉の消費が多い和歌山県太地町では、住民の毛髪の水銀濃度が平均の10倍に達しているとの調査結果がでたそうです。同町住民男女50名の毛髪で水銀濃度を調査した結果、毛髪の総水銀濃度は男性が21・6ppm、女性が11・9ppmで、日本人の平均値(それぞれ2・55ppmと1・43ppm)を大きく上回ったのです。調査を行った遠藤哲也北海道医療大准教授は「健康影響が出てもおかしくないほど高濃度の水銀が検出された住民もいる。水銀の汚染度が高い鯨肉の消費を減らす努力も必要」と述べています。太地町だけでなく、捕鯨基地港のある網走市、釧路市、函館市、石巻市、南房総市和田町、下関市では住民は食べる機会が多く、学校給食にも出されているそうですから、これらの地域の水銀値も早急に調査されるべきでしょう。

日本と同じ捕鯨国、ノルウェーでは薬品・薬事行政局が「鯨には許容量を超える水銀が含まれている」と発表したあと、鯨肉の売れ行きが落ちて、2006年は1052頭の捕獲枠に対し捕獲実績は546頭と大幅に下がっています。(アイスランドは2006年に商業捕鯨再開を宣言してナガスクジラとミンククジラ各7頭を捕獲したのが、翌年2007年には再停止。)一方、日本の場合、大型鯨をとる商業捕鯨停止後、現在ではイシイルカ(=ハクジラ)捕獲が年間で約1万5千頭になっています。これに加えて調査捕鯨の拡大で2008年現在では南極海でのクロミンククジラ850頭前後を中心に、ナガスクジラや北西太平洋のミンククジラ、イワシクジラなど総計で約1300頭を捕獲しています。捕獲調査で生じた鯨肉は一般販売のほか学校給食などに供され、その収入は調査捕鯨の費用に充てられています。また以上のような積極的な捕鯨とは別に、魚網などで混獲された小型鯨について地域的な利用を許しています。またシロナガスクジラなど一部の希少種を除く大型鯨についても、定置網にかかった場合に限り、利用を許可しています。

小型鯨の利用実態は不明ですが、定置網での混獲大型鯨に関してはミンククジラ年間約100頭を中心に利用が行われています。こうしてみると日本の捕獲頭数は世界的に突出しています。それなのに、なぜか鯨の水銀汚染の実態については日本では報道されないのです。

捕鯨問題では、反捕鯨の国際的圧力に対し、日本政府は、伝統の漁業、食文化を守る権利や鯨の増加が漁業資源を減少させているなど論陣を張って戦っています。欧米諸国はかつて鯨油しか利用しないで後は捨てるという乱獲漁業をしてきました。それに対し鯨をすべて食し、利用してきた日本の食文化を守るためであり、不当な圧力と戦っているという構図のもと、反捕鯨を言うものは非国民と指弾されそうな空気が漂っています。しかし、それ以前に鯨はもう食べてはいけないレベルに汚染されているという、その現実に国民を向き合わせ、捕鯨をどうするか冷静に対応を考える必要があるように思います。

水銀は中枢神経に障害を与え、特に妊婦がメチル水銀を摂取すると胎児の中枢神経(脳)の発達に影響を及ぼします。厚生労働省は、2005年に、「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項」を改訂し、それまでキンメダイなどをあげていた摂食注意の魚種にようやくマグロや鯨を追加しました。一般に鯨の摂食機会は多くないですが、マグロは多いはず。妊婦、幼児、近く妊娠を予定している人は、メチル水銀濃度が高いマグロ類(マグロ、カジキ)、サメ類、深海魚類(キンメダイなど)、鯨類(鯨、イルカ)などの摂食を控えたほうがよいでしょう。

人類の生産活動が生態系に汚染物質をばら撒いてきましたが、それがブーメランのように食物連鎖の頂点にいる人間につけが回ってきています。(「おほもと」2010年4月号掲載原稿を転載)
2010年05月27日更新
▲最上部へ戻る
発売中のビッグコミックスピリッツ「美味しんぼ」第592話に登場します
小学館「ビッグコミックスピリッツ」No.23('10.5.24号)に掲載中の人気コミック「美味しんぼ」第592話において、ビジョン21主宰の安田節子が漫画内に登場し、遺伝子組み換え作物の問題点について解説しました。

現在発売中(2010年5月10日発売)ですので、興味のある方はご覧になっていただけたらと思います。


表紙





以上2点、小学館「ビッグコミックスピリッツ」No.23('10.5.24号)「美味しんぼ」第592話より引用
2010年05月13日更新
▲最上部へ戻る
[HOME]>[節子の鶏鳴日記]>「2010年05月ログ」

YasudaSetsuko.comAll rights reserved.